迷走した移転
「立ち止まって考える」。8月に就任した小池知事が築地市場の移転について見解を示す際にたびたび使ったフレーズです。その時すでに、移転は11月7日と決まっていました。大方の意見としては「そうは言っても、移転は予定どおりだろう」というものでした。ところが、小池知事は8月31日に、築地市場の移転の延期を表明しました。かつて土壌汚染が深刻だった、豊洲市場の敷地の水質調査が終わっていないなど、安全性の確保が不十分だというのが理由でした。
この判断に対し、当初は批判の声も上がりましたが、その直後、風向きが一気に変わる事態が起こります。「盛り土」の問題の発覚です。豊洲市場が安全な施設だと説明するうえで、都が繰り返し強調してきた「万全な土壌汚染対策=盛り土」。しかし、その盛り土が一部で行われておらず、地下が空洞になっていたという衝撃の事実でした。築地市場の移転は、立ち止まるどころか、見通せないものとなってしまったのです。
示された方向性
それから2か月余り。盛り土の問題で、移転が中止になるのではないかという見方も出ていましたが、一時の迷走ぶりに比べると、落ち着きを取り戻しつつあります。こうした中で、ついに、移転の時期が具体的に示されました。小池知事が、記者会見で公表した移転の方向性。「早ければ、およそ1年後の来年の冬に移転の環境が整う」というものでした。
その流れはこのようになります。▽来年4月から5月にかけ、豊洲市場の安全性の検証結果と必要な対策などを取りまとめ、▽6月から7月にかけて、盛り土がなされていなかった豊洲市場の環境アセスメント=環境影響評価について審議します。そして、環境アセスメントをやり直さない場合は、小池知事が移転についての最終的な判断を行ったうえで、必要な対策工事と認可手続きを経て、早ければ、およそ1年後の来年の冬、遅くとも再来年の春に移転する環境が整うとしています。一方、環境アセスメントをやり直す場合は、さらに1年程度、時間がかかり、再来年の冬から3年後の春にかけて移転が延期されることになります。
深刻化する負担
移転の時期が示されたことで、夏から続いていた一連の問題は収束に向かうのでしょうか。今、喫緊の課題と言えるのが、築地市場で働く業者にのしかかる深刻な負担です。業者の多くは、当初予定されていた今月7日の移転に合わせ、すでに豊洲市場で冷凍庫を稼働させ、新たに従業員を雇ったところもあります。しかし、豊洲で営業を始めるまで最低でも1年かかるとなると、これらにかかる費用はむだとなってしまいます。
築地市場の7つの卸売業者などで作る「東京都水産物卸売業者協会」は損失額の推計をまとめ、これをもとに仮に来年11月いっぱいまで現状が続くとして試算すると、40億円余りの損失となります。しかも、卸売業界とは別に、仲卸業界の損失についてはまとまっておらず、業界全体としてはこうした額をはるかに上回ることになります。
都は、移転延期に伴う補償と、当面の資金繰りを行うための「つなぎ融資」で支援を進める方針ですが、「早ければ1年」の移転、業者にとっては「早くても1年」と言え、経営に大きな打撃を与えることになります。
ネットでは驚きや憤りの声
築地市場から豊洲市場への移転について、早ければ、およそ1年後の来年冬という方向性が示されたことについて、ネットでは
「いつの間にか来年の冬になってる」
「二、三ヶ月かとおもったらめちゃめちゃ遅れる」
「結局豊洲に移転するんじゃねぇか。時間をムダに使っただけ」
など、驚きや戸惑いの声が上がっている一方、
「行政のプロセスとしては仕方がないところか」
「仕方ないでしょう。これまでのいい加減な進め方に大きな責任があると思うので」
など、方向性はやむをえないとする声も上がっています。
また、移転延期に伴う卸売業者の損失額が、仮に来年11月いっぱいまで現状が続くとして試算すると40億円余りということについて、ネットでは
「きちんと補償してあげて欲しい」と、都に業者への対応を求める声や、
「誰が払うの?税金は勘弁してよ」
「損害額が算出されているが、いくらになるにせよ税金で賄うことは許せない」など、憤りのツイートも見られました。
ほかにも課題が残る
「専門家会議」では、豊洲市場の地下の空間の大気から国の指針を超える水銀が検出されたことなどが確認されていて、どのような対策をとればよいか検討を急ぐ必要があります。また、都のプロジェクトチームの検証では、「豊洲市場の使い勝手が悪い」という業者からの指摘に対し、どのような改善策があるかなどを議論していて、場合によっては追加の工事が必要となる可能性もあります。さらに、風評被害も懸念されていて、小池知事は、微量の有害物質も検出された地下空間にたまった水が不安を呼んでいるとして、今後、ポンプで強制的に水を排出する措置をとることを明らかにました。ただ、この排水作業には3か月が必要だとしていて、一定の時間がかかります。
このように、移転に向けては今も、高い壁がいくつも立ちはだかっています。1つ1つ解決の手順を踏みながら、今回示されたスケジュール感で環境整備を進めていけるか。都や関係者にとって、これからが正念場となります。