アフガニスタン東部のナンガルハル州ジャララバードで4日、福岡市のNGO、「ペシャワール会」の現地代表の医師、中村哲さん(73)が車で移動中に、何者かに銃撃されました。中村さんは、病院で手当てを受けていましたが、その後、死亡が確認されました。
地元の警察などによりますと、この銃撃で、中村さんや、一緒にいた運転手や警備員など合わせて6人が死亡したということです。
中村さんは長年、農業用水路の建設など復興に携わりながら、地元の人たちとも積極的に交流を続けてきたことから、現地では追悼の声が相次いでいます。
現地時間の4日夜、ジャララバードでは追悼集会が開かれ、多くの人たちがろうそくに火をともして中村さんの死を悼むとともに、功績をたたえました。
農業をしている40代の男性は、「中村さんは、私たちの農地を洪水から守るために数え切れないほどの支援を続けてくれた。彼が亡くなったことを聞き、悲しい思いでいっぱいです」と話していました。
一方、今回の銃撃について、これまでのところ犯行声明は出ていませんが、その後の調べで、銃撃は3人から4人の複数の男らによる犯行の疑いが強いことが地元の警察への取材で分かりました。男らは、1台の乗用車に乗って中村さんたちを待ち伏せし、銃撃したあと、再び同じ車に乗って逃走したということです。
警察は、中村さんをねらった計画的な犯行の疑いもあるとみて、詳しく調べています。
治療にあたった病院の担当者
中村さんの治療にあたったナンガルハル州の病院の広報担当者がNHKの取材に応じ、「中村さんが乗った車は午前8時ごろ、武装した何者かに襲われた。5人の遺体とけがをした中村さんが、私たちの病院に運ばれてきた」と当時の様子を説明しました。
また、中村さんの容体については、「腹部に2発の銃弾が撃ち込まれていて、救急処置を行ったが、さらなる治療のために首都カブールに移そうと、地元の空港に向かう途中、けがが原因で亡くなった」と述べました。
中村さんを救うため、ナンガルハル州の知事は、中村さんを至急、首都カブール近郊にあるアメリカ軍のバグラム空軍基地に搬送するよう指示していたということです。
10年来の親交の知人「今後、どう中村先生の遺志をつなぐか」
中村哲さんと10年来の親交がある福岡県朝倉市の徳永哲也さん(72)が4日夜、NHKの取材に応じ、「あれだけ命をかけてアフガニスタンの復興にかけている人をなぜ殺すのか、全く理解できません。悔しくてたまりません。こんなことは絶対にあってはならない」と話しました。
徳永さんは、中村さんがアフガニスタンの農地再生事業のモデルとした、江戸時代のかんがい設備、朝倉市の山田堰を管理する土地改良区の元理事長で、ことし4月、中村さんと一緒におよそ10日間、アフガニスタンに滞在し現地を視察したということです。
当時の様子について、徳永さんは「現地の農家の人たちは『中村先生は神様だ』と慕っていました。兵士など5人が24時間、中村先生を警護していたので、そういう環境の中で事件が起きるとは私には理解できないです」と話していました。
中村さんの人柄については、「世間が広く、知識も深く、すごい人だなと感じていました。われわれとつきあうときも、偉ぶるわけでもなく、淡々とお話をしてくださいました。いろんな人に対しても、親切、丁寧に説明をして変わらないで接してくださいました」と話していました。
徳永さんは先月22日にも中村さんと福岡市で会い、今後の取り組みについて話を聞いたばかりだったということで、「われわれが、今後、どう中村先生の遺志をつなぐのか考えていかないといけないと思います」と話していました。
母校の九大の学長「理不尽さに憤り」
中村哲さんは、昭和48年に九州大学医学部を卒業し、平成26年から九州大学高等研究院の特別主幹教授として、年に1回のペースで大学で講演会などを行い、ことしも8月5日に講演していました。
九州大学の久保千春学長は「成し遂げた事業の壮大さに強い感銘を受けるとともに、これまでの経験を通して感じた思いを、率直に丁寧に語られる姿に温かで誠実な人柄を感じてまいりました。現地の復興のために尽力してこられた先生がこのような形で命を落とされることは痛恨の極みであり、その理不尽さに憤りを禁じえません。九州大学教職員・学生を代表し心からご冥福をお祈りいたします」とするコメントを出しました。
国連特別代表「功績は大きく、日本人として誇り」
国連アフガニスタン支援団のトップを務める山本忠通事務総長特別代表は、NHKの電話インタビューに対し、「まさか彼のような人が攻撃を受けるなんて思ってもおらず、驚くとともに腹が立った。亡くなられたのは、大変な損失だ」と述べ、中村さんの死を悼みました。
また、アフガニスタンの復興にあたる中村さんの姿勢について、「どうすればアフガニスタンの国民がよりよい人間らしい生活ができるかを考え、『困難な人たちを助けたい』という純粋な気持ちが伝わる仕事をしてきた。アフガニスタンの人たちは中村さんを非常に尊敬していて、親しんでいた。功績は大きく、日本人として誇りに思う」と振り返りました。
そのうえで山本代表は、「中村さんは非常に謙虚であるとともに信念の強い人だった。中村さんが残した具体的な方法や、現地の一般の人たちを巻き込んで、一緒になって開発を進めるという考えは根づいていると思うので、それが受け継がれ、さらに広がっていくことを期待したい」と話していました。
10月に現地で活動の様子を取材
NHKはことし10月、アフガニスタンに建設された農業用水路を視察する中村哲さんの様子を現地で取材しました。
この時、視察した用水路は、中村さんが活動の拠点としている東部ナンガルハル州にことし2月、新たに完成しました。中村さんは、現地のNGOと連携しながら、用水路などの建設を進めたほか、地元の人たちとも積極的に交流していました。
ただ、中村さんは、現地の治安状況を踏まえて、安全管理を徹底したうえで、視察に訪れていたということです。NHKの映像にも、今回、銃撃を受けた中村さんの車と同じナンバーの車が写っていて、その後ろには、銃を持った警備員が乗った車が同行しています。
また、現地では、山岳地帯の急激な雪どけなどによって、たびたび洪水が発生していましたが、中村さんは、国連と協力して訓練センターを立ち上げ、洪水で破壊された堤防や橋の修復を担う技術者の研修など、人材育成にも熱心に取り組んでいました。
中村さんは、NHKのインタビューに対し、アフガニスタンは、地球温暖化の被害が最も著しい国の1つだと指摘したうえで、「アフガニスタンは戦争では滅びないが、干ばつで滅びる可能性がある。すべての人が力を合わせてこの問題に取り組み、アフガニスタンの深刻な状態に目を向けることが大事だ」と述べ、国際社会に協力を呼びかけていました。
人道援助関係者の死傷者が増加
国連によりますと、アフガニスタン国内で死亡やけがをしたり、誘拐されたりした人道援助関係者の数は、ことし8月の時点で合わせて91人に上り、去年1年間の76人をすでに上回っていました。このうち、ことし死亡した人は、27人に上るということです。
先月24日には、首都カブールで国連の車両をねらった爆発があり、アメリカ人1人が死亡しました。