中でも、へその緒がついたままだったり、出産後に母親がへその緒を切ったりするなど、環境の整っていない自宅などで出産したとみられるケースは、平成26年度には82%、平成27年度には85%と増える傾向にあります。
さらに、低体重など適切なケアを受けないまま預けられた赤ちゃんも増えていて、平成27年度には預けられた赤ちゃんの60%が治療が必要な状態でした。
熊本市が設けた「赤ちゃんポスト」の検証を行う専門部会の委員で、関西大学の山縣文治教授は、「自宅などで出産し、体力が回復しないまま母親が新生児とともに熊本に来るというケースがあとを絶たない状況は、母子ともに危険にさらされていると言わざるをえない。出産や育児に悩む親たちの受け入れを1つの病院に任せるのではなく、自治体や国全体で真剣に考え、『赤ちゃんポスト』の利用者を減らす努力を進める必要がある」と話しています。
預けられた125人 どんな子ども その後は?
熊本市によりますと、平成27年度までの9年間に「赤ちゃんポスト」に預けられた子ども125人を年齢別に見ると、生後1か月未満の新生児が104人と80%以上を占め、1歳未満の乳児が14人、1歳以上の幼児が7人となっています。
このうち、児童相談所の調査などで1年以内に親が判明したのは96人で、母親の年齢は10代が15人、20代が45人、30代が28人、40代が8人となっています。
子どもを預けた理由を複数回答で尋ねたところ、「生活の困窮」が最も多く32件に上っていて、次いで「未婚の出産」が27件、「世間体」「戸籍に入れたくない」が24件などとなっています。
96人の親の住所は、九州が39人と最も多いほか、関東が22人、中部が11人、近畿が10人、中国8人、東北3人、北海道1人、四国1人と、全国から預け入れがあることがわかります。
また、平成27年度には初めて海外からの預け入れがありました。
預けられた子どもたちのその後の状況を見ると、平成25年度までに預けられた101人のうち、特別養子縁組が成立したり、里親に預けられたりした子どもが48人、乳児院などの施設で育てられている子どもが30人、親元に引き取られた子どもが18人などとなっています。
増える電話相談
熊本市の慈恵病院は10年前、「赤ちゃんポスト」と同時に専用の電話相談窓口を開き、妊娠に関する悩みの相談に24時間体制で応じています。
寄せられる相談は年々増えていて、昨年度(平成28年度)は6565件と、これまでで最も多かった前の年度より20%も増えました。
中には、妊娠をしたことを周囲に知られたくないという中高生や不倫中の女性からの
相談や、「出産後、『赤ちゃんポスト』に預けたい」という相談が目立つということで、「望まない妊娠」を誰にも打ち明けられずに、不安を抱える女性たちの実態が浮き彫りになっています。
「危険な出産」の実態は
4年前、当時つきあっていた男性の子どもを妊娠した西日本に住む20代の女性です。男性に妊娠したことを告げると、「どうするかは任せる」と言うだけで、無責任な対応に終始したということです。
女性は中絶することを考えた一方で、「赤ちゃんを死なせたくない」という思いもあり、悩んでいる間に中絶が可能な時期を過ぎてしまったといいます。
そうした中、インターネットで「赤ちゃんポスト」の存在を知り、妊娠6か月の時、ここに子どもを預けようと決意しました。
女性は当時の状況について、「中絶できない状態になり、産んでも1人で育てられる自信がありませんでした。『赤ちゃんポスト』に預ければ手放せると考えました」と話しています。
臨月を迎えた女性は、飛行機で「赤ちゃんポスト」のある熊本を訪れ、宿泊先のホテルで1人で産もうとしましたが、破水して30分以上たっても赤ちゃんが出てこなかったため、不安になって慈恵病院に電話をかけ、病院で出産しました。男の子でした。
女性は、「『へその緒はどうしよう』『衛生的に大丈夫かな』と考えましたが、誰にも知られずに産むにはこうするしかないと思いました。ものすごい痛みに耐えながらも子どもが出てこないので、『もう死んでいるのかもしれない』と心配になって病院に電話しました。赤ちゃんの産声を聞いたときは『よかったな』と思いました」と当時の心境を語りました。
女性は出産までの間、妊娠を誰にも知られたくないと、両親や友人に打ち明けず、病院もほとんど受診しなかったということで、「赤ちゃんポストがなければ子どもを遺棄していたかもしれないと考えることがあります。何も考えずに妊娠し、ポストに預けようとした自分の責任の大きさについて今でも感じるとともに、生まれた子どもに申し訳ないという気持ちでいっぱいです」と振り返っていました。
女性が産んだ男の子は、その後、養子縁組みをした新たな両親のもとで育てられているということです。
赤ちゃんが被害者の殺人事件と殺人未遂事件
警察庁によりますと1歳未満の赤ちゃんが被害者となった殺人事件と殺人未遂事件はおととしまでの10年間に全国で178件起きているということです。
この10年間で最も多かったのが平成20年の28件、最も少なかったのが平成25年と26年の12件となっています。
主な動機別でみると18件が起きたおととしでは、子育ての悩みが8件、生活困窮が3件などとなっています。
「危険な出産」 専門家も指摘
熊本市は、児童福祉の専門家や医師など、外部の委員でつくる専門部会を設け、この10年間、「赤ちゃんポスト」をめぐる課題などについて検証を進めてきました。
この中では、「赤ちゃんポスト」に一定の意義はあるとしたうえで、妊娠中に病院を受診せず、自宅などで出産するケースがあとを絶たないことについて、「母子ともに命に関わる事故が起きても不思議ではない事例が数多く見られる」として、安全性が確保されないまま運用が続いていることを問題視しています。
特に、妊娠中から「赤ちゃんポスト」に子どもを預けることを前提として病院に行かず、危険な出産をみずから選択するケースが多いことが深刻だとしていて、国や自治体に対し、妊娠中の相談に応じる窓口を充実させるよう、強く求めています。