「みちびき」は、アメリカのGPSと同じようにスマートフォンなどの携帯端末で位置情報を得られる衛星で、一つの機体が1日当たり8時間程度、日本付近の上空にとどまる特殊な軌道を飛行します。
「みちびき」は今回も含めて、ことし中に合わせて3機が打ち上げられる計画で、7年前に試験的に打ち上げられた1機と合わせて4機体制が整えば、常に1機以上が日本付近の上空を飛行するようになり、来年の春以降実用的に使えるようになります。
アメリカのGPS衛星が誤差がおよそ10メートルあるのに対し、GPS衛星とみちびきを組み合わせて利用すれば、誤差はわずか数センチ程度となり、位置情報システムの性能を飛躍的に高めることになります。
このため産業界では、農業機械や建設機械の自動運転や、ドローンによる自動での物資輸送、それに、歩行者用のナビゲーションシステムなど、社会や暮らしを変える新たな技術の開発につながると期待されています。
1日朝の種子島宇宙センターの周辺は晴れていて、打ち上げに支障はないということで、機体にも問題ないと確認されれば、日本版GPS衛星の「みちびき」は、午前9時17分に打ち上げられる予定です。
誤差はわずか数センチ その仕組みとは
アメリカのGPS衛星は、合わせて31機あり、地球の上空、高度2万キロ付近を回っています。地上側では31機の衛星のうち、常に4機以上の衛星から電波を受信できるようになっています。
地上の受信機は、4つの衛星から届いた電波をもとに、それぞれの衛星までの距離が分かります。4つの衛星までの距離が分かれば、受信機が地球上のどこにあるのか計算によって割り出せる仕組みです。
ただ、アメリカのGPS衛星だけでは、およそ10メートルの誤差があります。誤差の主な原因としては、街なかなどでは建物などに遮られて十分な数の衛星から電波を受けられないことや、大気の層の影響で電波が乱れること、などがあげられます。
日本版GPS衛星の「みちびき」は、こうしたアメリカのGPSの誤差を修正する機能が備わっています。一つは、全部で4機打ち上げられる「みちびき」のうち、必ず1機以上が、日本の頭上付近にとどまるようなコースを飛行しているため、建物が密集する場所でも地上の携帯端末が電波を受け取りやすくなっています。
また、大気の層による乱れについても、それを修正するための特別な信号を、「みちびき」からそれぞれの受信機に送るようになっています。こうした機能を持つ「みちびき」を、アメリカのGPSと組み合わせて利用することで、誤差はわずか数センチ程度にまで大幅に縮小します。
「みちびき」運用で何が変わる
日本版GPS衛星の「みちびき」によって位置情報の誤差が数センチになることから、さまざまな分野で機器の自動運転が可能になり、私たちの暮らしや産業を大きく変える可能性があります。
このうち、農業の分野では、北海道大学がトラクターを無人で操作する技術の開発を進めています。「みちびき」を利用することで、トラクターが自動で農場の中をほぼ正確に走行できるようになるほか、種まきから収穫までほとんどの農作業を自動化でき、高齢化とともに人手が不足している農業の現場を大きく変えると期待されています。
また、建設の分野でも、大手ゼネコンや建設機械メーカーが「みちびき」を利用して工事現場の重機を自動で運転できるようにする研究を進めています。人手不足の解消につながるだけでなく、熟練の技術が必要と言われる難しい操作も重機が自動でできるようになると期待されています。
このほか、物流の分野では、経済産業省が離島を対象に、船を運航しなくても物資を輸送できるよう、「みちびき」を利用してドローンを自動飛行させる研究を進めていて、去年11月には、熊本県の天草諸島で実際に加工食品をドローンで輸送する実験も行っています。さらに、高齢者や障害がある人など、歩行者への支援を行うようなナビゲーションシステムへの応用も検討されています。
経済効果を2兆円と試算
「みちびき」を打ち上げる内閣府は、「みちびき」による経済効果を、2020年時点で、年間およそ2兆円にのぼると試算しています。
内閣府宇宙開発戦略推進事務局の守山宏道参事官は「GPSよりも高い精度の位置情報が得られるようになれば、スマート農業や物流の効率化など、さまざまな産業で無人化や省力化が進められるようになり、新しいビジネスを生み出すことにもつながる。また、日本で生み出す新しいビジネスをアジア太平洋地域にも売り込んでいけるチャンスがあると考えている」と話しています。
各国版GPS衛星の開発進む
GPS衛星と同じように位置情報を得られる衛星をめぐっては、中国やインドなどでも開発が進められ、特に中国は、アジア各国向けに中国版GPS衛星に関連した新しい機器を売り込もうとしていて、今後、日本との間で競争になる可能性があります。
内閣府の宇宙開発戦略推進事務局によりますと、位置情報を得られる衛星としては、アメリカが31機体制で運用しているGPS衛星が、世界で広く利用されていますが、ロシアも「GLONASS」を24機体制で運用しています。
また、ヨーロッパが「Galileo」をこれまでに18機打ち上げて去年から運用をはじめ、2020年までに30機体制にすることを目指しています。さらに、中国も「北斗」という名前の衛星をこれまでに20機打ち上げ、2020年までに35機体制にすることを目指しているほか、インドも「NAVIC」という名前の衛星を去年までに7機打ち上げすでに運用を始めています。
このうち、中国は、中国版GPS衛星に関連した新しい機器を東南アジアなど海外に売り込む考えで、日本が今後「みちびき」を利用して開発し、海外の市場に売り込もうとする新たな機器との間で、競争になる可能性があります。
また、専門家によりますと、中国は東南アジアの各国に中国版GPS衛星を利用するための技術的な支援を行っているということで、各国版のGPS衛星をめぐっては、今後、どのくらい広く利用されるかが、国際社会の中での存在感にも関わる可能性があります。
専門家「中国が先行 日本遅れる」
宇宙開発に詳しい野村総合研究所の八亀彰吾さんは、日本版GPS衛星の「みちびき」について、「極めて高い精度で位置情報を得られることで、農業の自動化やドローンによる無人の物流など、いままでにないシステムを作り出すことができる画期的な技術だ。いま、日本ではさまざまな分野で人手不足が課題になっているが、こうした悩みも解決できる可能性がある」と話しています。
一方で、「みちびき」で期待されているアジア各国での活用については、中国が大きく先行して、日本は出遅れているとし、「中国は、中国版GPS衛星が広い範囲で活用されるように、アジア各国の企業や研究機関に受信機を無料で配っているほか、アジア各国の学生を中国に受け入れて中国版GPS衛星の活用法について人材育成を行うなど、さまざまな取り組みを進めている。
ある国で、中国版GPSを活用したインフラの整備がひとたび始まれば、その国のシステムの多くが中国仕様になる可能性があり、同じくアジア市場を狙う日本にとって、厳しい状況になっている」と話しています。
一方で、日本版のGPS衛星は、中国版のGPS衛星に比べて誤差が少なく精度が高いことから、八亀さんは、「『みちびき』の誤差数センチというほかではまねのできない精度の高さを生かしたサービスや商品を開発できれば、アジア各国にも売り込める可能性がある」と話しています。