10月31日には玄関のガラス戸を破って住宅の中に侵入、女性2人が襲われるなど、今まで安全だったはずの場所で被害が相次いでいるのです。
クマはどうやって人が住む地域に出てくるのか。目撃情報や痕跡、人口、地形のデータを重ねて分析したところ、「クマが市街地に向かうルート」や「被害を減らすために必要なこと」が見えてきました。
クマはどこで「目撃」されているのか
今回、注目したのは、クマの「目撃」についてのデータです。
クマの出没が相次ぐ多くの都道府県では、地域の人から寄せられたクマの「目撃」や「痕跡」の情報をインターネット上の地図にまとめ公開しています。
注意喚起を目的とした地図ですが、中でも富山県が公開する「クマっぷ」は更新の頻度も高く、過去10年間のデータが蓄積されています。
富山県内では10月31日にも住宅に侵入したクマに女性2人が襲われけがをしているほか、17日には79歳の女性が住宅の敷地内で襲われ死亡するなど、被害はこれまで7人に上っています(10月31日時点)。
NHKでは富山県の許可を得て、このマップのデータ、2014年以降で計3591件の情報を分析。
被害を防ぐために必要な手がかりが得られないか、専門家と一緒に探りました。
市街地での目撃は
まず、ことし富山県内ではどのようなエリアでクマが目撃されているのかを見てみます。
2014年から去年(2022年)までのデータとことし(2023年)のデータを比較してみると、ことしは富山市中心部に近い平野部でも目撃。
これまで以上に市街地またはその近くで目撃されていることが伺えます。
市街地で増えたのはいつ?
こちらは10月1日の時点。
目撃や痕跡の情報は山間部や中山間地域に点在していたのが、10月末になると。
平野の市街地でもみられるようになりました。
ことしはクマのエサとなる山の中のブナなどが不作で、冬眠に向けて栄養を蓄えようとしたクマが10月に入って市街地や近くまで出てきているとみられます。
学校、幼稚園の近くにも…
市街地には学校や幼稚園など子どもたちが集まる施設も多く、そうした施設の近くでのクマ目撃の情報はどうなのでしょうか。
学校などから500m以内のものを分析すると、67件ありました。
全体の15%が、子どもの施設のそばで確認されていることになります。
クマの目撃 近くで何人暮らしている?
ここまでのデータからは、ことしは人が多く住む市街地でもより多くのクマの目撃や痕跡の報告がされているように感じられますが、ここをデータでより詳しく分析、深掘りしていきます。
使用するのは、その地域に人が何人住んでいるかを示す国勢調査の人口データで、これを「目撃」「痕跡」のデータに重ねてみます。
上の地図では、濃い赤色になるほど人口が多いエリアを示しています。
やはり人口の多い市街地やその周辺に出てきているようです。
「目撃」「痕跡」があったポイントの周辺の人口も推計してみました。
(※詳しい分析手法は記事の最後にあります)
クマの目撃・痕跡から半径500mの範囲の人口を推計。
これが1000人以上(広島市の人口密度と同じ水準)となる割合を分析し、年ごとの変化を見ていくと。
ことしは8.3%と最も高くなりました。
「人がより多く住んでいるエリアにクマが出てきている」と言えそうです。
(※目撃・痕跡データの特性として、人口が多いエリアほど1頭に対する目撃・痕跡の情報は多く寄せられることが考えられるため、分析した結果はクマ出没の実態より強く出ている可能性があります)
「山の中で食べはぐれたクマが」
クマの生態に詳しく現地調査を行っている富山県自然博物園「ねいの里」の赤座久明さんにここまでのデータを見てもらいました。
赤座さんは「ことしは山の中のブナなどが凶作で、エサを探して行動範囲をひろげ、より人の生活圏深くに入っているとしても不思議ではない」としたうえで、特に10月に入ってからのクマの動きについて、次のように指摘しています。
「9月まではなんとか山の中で頑張っていたのが、いよいよ冬眠の時期が近づくと、これでは冬眠に備えるだけの栄養が摂れないと、食物を求めてどんどん平野の方に踏み出す。1歩踏み出し2歩踏み出し、10月に入るとそのうち複数のクマがドドドっと平野の中央に出てきました。山の中では食べはぐれてしまって、どんどん新しい採食場所を求めて平野に下りていくという、そうした動きが反映されていると思います」
(富山県自然博物園「ねいの里」赤座久明さん)
どうやって市街地へ?
一方、データからはクマの習性や行動も見えてきました。
赤座さんがポイントに挙げたのは「川」でした。
川の位置を地図に重ねてみると。
市街地で確認されたクマのそばには、川が流れていることがわかります。
川沿いには背の高いやぶなどが生えていて、クマにとっては身を隠しながら移動しやすいルートの1つとなっているということです。
しかし、必ずしも川沿いではない場所でのクマの動きも見られました。
「川」以外にもクマのルートが
富山市の平野と山間部の間では、川に沿って東から西に連なるポイントの帯がありますが、これとは別に北へ向かう帯も確認されます。
ここがどんな地形なのかを知るため、マップに、現場の標高や高低差など地形のデータを表現した地図を重ねてみると。
北へ向かう帯は、高低差がある崖のような地形に沿うように伸びていることがわかりました。
この地形は「河岸段丘」と呼ばれ、長い年月をかけて川が地形を削り平らな土地と崖が階段状に形成された地形です。
平地は田畑などとして利用され人の手が入りますが、崖のあたりは利用が難しく帯のように林や森が広がります。
「こうした崖は格好のクマの移動ルートにもなります。クマが出ると『突然市街地に』と思われがちですが、クマは森林から続く川の河川敷や河岸段丘の林に身を隠しながら移動してエサを探している。川のそばには住宅地が広がるエリアも多いので、騒ぎになるし被害も大きくなる傾向があります。これは全国的にも同じです」
(富山県自然博物園「ねいの里」 赤座久明さん)
川や森がないのにクマが…
さらに赤座さんは「川や森がそばに無ければ安心」というわけでないとも話しています。
どういうことなのでしょうか。
例えば富山市の総合運動公園に近い田園エリアには、川や河岸段丘が見当たりませんが、目撃・痕跡のポイントがあります。
地図をズームしてみると。
田畑に点在し、屋敷林で住宅を囲った「散居村」が広がっていました。
富山県内の平野部などではよく見られる光景です。
「散居村は小さな森のようなもので、河川敷がない場所でも、散居村から次の散居村へと身を隠しながら移動していると考えられる。さらにこれが空き家になっていれば格好の隠れ家にもなります。森のそば、川のそばじゃないから安心とはもはや言えない。クマはまれに出会う動物ではなく、もはや出会って当然というふうに考えて警戒しなくてはならないと思います」
(富山県自然博物園「ねいの里」赤座久明さん)
データからは「川」「河岸段丘」「散居村」を移動ルートに、例年にないほど市街地に接近するクマの姿が見えてきました。
「クマ被害は“災害”」「“減災”はできる」
被害にあわないために、今できること、今後必要なことは何なのでしょうか。
データ分析から見えてきたことをもとに、赤座さんに指摘してもらいました。
「被害が相次ぐ今、もはやクマ被害は自然災害と同じように、完全に防ぐことは難しくとも、対策を取ることで被害を減らす“減災”は出来ます」
「川沿いのやぶや河岸段丘の林を断続的に刈ることは効果的です。クマの移動を100%防げるわけではありませんが、身を隠せないことでクマに移動する負担を与えることが出来ます。エリアを区切ればクマが出た時の捜索も容易になり、クマを早く発見できれば被害を減らすことにつながります」
「また、クマが食べる柿の木の実などを落としておけば、クマがその場所に居座る時間を短くすることができ、人と遭遇する確率を低くすることが出来ます。クマのエサとなるブナやナラの実は『豊作』『凶作』の予報が毎年夏に出るので、クマが本格的に人里に出る秋まで時間的な余裕があるので事前対策としても今後やってくべきです」
使用データ・分析詳細
▽使用したデータ
▼目撃・痕跡データ:「クマっぷ」(富山県)
▼人口データ:2020年国勢調査(e-stat)
▼河川データ:国土数値情報(国土交通省)
▼学校データ:国土数値情報(国土交通省)
▼地形データ:色別標高図(国土地理院)
▽人口の推計方法
目撃・痕跡ポイントから半径500mの円を描き、国勢調査の500mメッシュデータと交差。重なったエリアごとに面積比率に応じた国勢調査の人口データを算出して合算し、推計しています。