まぬけ泥棒どろぼう

ある真夜中まよなかのこと、泥棒どろぼうは酒屋さかやの土壁どかべに穴あなをあけ忍しのび込こもうとしておった。やがて壁かべに穴あながあくと、用心深ようじんぶかいこの泥棒どろぼう、忍しのび込こむ前まえに柄杓ひしゃくを使つかって中なかが安全あんぜんかどうか調しらべることにした。

一方家いっぽういえの中なかでは、酒屋さかやの婿殿むこどのが小銭こぜにを勘定かんじょうしておった。ふと見みると、壁かべの穴あなから柄杓ひしゃくが出でてきて、右みぎへ左ひだりへキョロキョロと動うごき回まわるではないか。こりゃあ泥棒どろぼうじゃと、婿殿むこどのは手近てぢかな『干ほした芋いもの茎くき』を手てにとり身構みがまえた。そうして、柄杓ひしゃくのかわりに泥棒どろぼうの頭あたまが出でてきたところを、思おもいっきり芋いもの茎くきでぶっ叩たたいた！

「ぎゃぁっ！？」なんと、泥棒どろぼうは死しんだと勘違かんちがいして気きを失うしなってしもうたそうな。そうして婿殿むこどのの方かたは泥棒どろぼうを殺ころしてしまったと勘違かんちがいしてしもうたのじゃ。気きの小ちいさい婿殿むこどのは、何事なにごともなかったことにするのが一番いちばんと、泥棒どろぼうの体からだを人気にんきのない河原かわはらに捨すててしもうた。

冷つめたい雨あめが降ふり始はじめ、やがて泥棒どろぼうは息いきを吹ふき返かえした。「おら、賽さいの河原かわらにおるんだ……。」当人とうにんはすっかり死しんだ気きだから、見慣みなれた景色けしきも賽さいの河原かわはらや三途さんとの川かわに見みえてしまうのじゃった。

やがて河原かわはらの向むこうから朝日あさひが登のぼってきた。「うわぁ、極楽ごくらくじゃあ！」泥棒どろぼうにはいつもの日ひの出でが、極楽浄土ごくらくじょうどの光ひかりに見みえてしもうた。おまけに土手下どてしたの蓮池はすいけを見みて、さらに勘違かんちがいした泥棒どろぼうは、お釈迦様しゃかさまに一目会ひとめあおうと蓮池はすいけに飛とび込こんでドタバタやりはじめた。

ふと見みると、蓮池はすいけのほとりに朝日あさひの後光ごこうも眩まぶしく一人ひとりの人影ひとかげが立たっておる。「お釈迦様しゃかさまだ！」泥棒どろぼうは大喜おおよろこびでその人影ひとかげにすがりついた。「お釈迦様しゃかさま、許ゆるしてくだされ！どうか地獄じごくへは落おさんでくれ！」泥棒どろぼうは一息ひといきに喋しゃべり、気きを失うしなってしもうたそうな。

その人影ひとかげは、町外まちはずれの寺てらの和尚おしょうじゃった。泥棒どろぼうは、和尚おしょうがいくらここは極楽ごくらくではなく、また、自分じぶんはお釈迦様しゃかさまではないと言いい聞きかせても効きき目めはなかったそうな。そうしてとうとう、そのまま寺てらに住すみ込こんで暮くらし、結局勘違けっきょくかんちがいしたまま一生いっしょうを終おわったという。