「国を守りたい」、しかし、「人を殺したくない」
ウクライナの人たちの葛藤を取材しました。
(※17日、ウクライナ国防省発表)
個人情報を登録した人の中には、軍に何らかの形で貢献したいとする一方で戦闘に参加する心の準備ができていないとして複雑な心境にある人も少なくありません。
キーウ市民の夏の憩いの場ともなっているドニプロ川沿いでライフセーバーとして働くオレフ・ソロベイさん(22)は個人情報の登録をアプリを使って済ませました。
ソロベイさんは、志願兵として東部ドネツク州の前線にいるおじと週に1度は電話し、部隊でけが人が相次いでいることや、爆発音が絶えず十分な睡眠もとれないなど戦地の厳しい環境について聞いているということです。
ソロベイさんは「おじにとても会いたい。ときどき電話に出ないことがあると、何かあったのではないかという気持ちになる。生きてキーウに戻ってきてほしい」と話していました。
ソロベイさんは、動員対象の年齢となるまで3年ありますが「もしそうなったとしても逃げない。部隊を助けるためのことをしたい」と話していました。
ただ、ライフセーバーとして人の命を救う仕事をしているソロベイさんは「武器を持ちたくない。人を撃ちたくない」と複雑な心境を吐露していました。
戦地へ行くことに抵抗を持っている人もいることについて、ウクライナ国防省の担当者は「自分の国を守るか、それとも国を失うかだ。日々の暮らしの中で極めて重要な選択になる。軍に入隊しなければどうなるのか伝えなければならない」と話し、粘り強く理解を求めていく考えを示しました。
兵員不足解消のため一部の受刑者を入隊させる措置も
ウクライナでは、市民を対象とした軍への動員だけでなく、一部の受刑者を入隊させる措置も始まっています。
兵員不足を少しでも解消しようとゼレンスキー大統領がことし5月、関連する法案に署名しました。
殺人や性的暴行など重い罪の受刑者をのぞき、裁判所の許可を得られれば、兵役に就く代わりに、仮釈放が認められます。
これまでに2800人以上の受刑者が入隊の許可を得たと伝えられています。
刑務所では受刑者を対象に軍による勧誘活動が行われていて、今回、NHKは当局の許可を得て首都キーウ近郊の刑務所で軍への入隊を志願した受刑者に取材しました。
この刑務所では、5月以降、定期的にさまざまな部隊から採用担当者が訪れているということで、すでにおよそ100人の受刑者が志願し訓練所に行ったとしています。
また、7月9日の時点で新たに40人が入隊を希望しているということです。
このうち、32歳の受刑者は、重い傷害の罪でことし4月からこの刑務所で服役中で、刑期はあと6年以上残っているということです。
受刑者は、「ここにいても満足できない。何年も刑務所にいるのではなく、前線に行ける機会があるとしたら、そのほうがいいし、社会や国のために役立つ」と軍への入隊を希望した理由を説明しました。
ただ、軍の病院で働き、負傷兵の現状を日々見ているという母親は刑務所にいたほうがいいと反対しているということですが「自分の選択だ。あとで振り返って、違う生き方をするチャンスがあったのに選ばなかったとしたらどう感じるだろうか。国のために死ぬ覚悟はできている」と話していました。
また、ウクライナ軍の元兵士だという別の32歳の受刑者は、侵攻が始まって以降、東部ドネツク州の激戦地でことし2月にロシア軍が掌握した拠点、アウディーイウカなどでの戦闘にも参加していたということです。
その後、この刑務所で服役している間は戦地で自分の仲間を助けられなかったことを悔やんでいたということです。
入隊に関心を抱くほかの受刑者には、戦地ではできるだけ素早くざんごうを掘ることなど現場で学んだ教訓を伝えているということです。
この受刑者は再び入隊を希望した理由について「自分の国への敵の攻撃を撃退する任務を気に入っている。何の恐れもない。これが私の仕事でありまた戻りたい」と話していました。
改正動員法施行後 弁護士には市民からさまざまな相談
ウクライナ国内の弁護士のもとには、改正動員法の施行後、市民からさまざまな相談が寄せられています。
このうち首都キーウに本部がありウクライナ各地で業務を行っている法律事務所によりますと、この事務所で受け付ける動員関連の相談は大幅に増加し、ウクライナ全体で1日300件ほどに上ることもあるということです。
軍に入る手続きをめぐる相談のほか、健康上の問題や両親や配偶者の介護など一定の条件がある人が申請できる動員への猶予についての相談もあるということです。
オレナ・ホメンコ弁護士は「相談件数は日々増えている。私たちは現状を分析し必要な手続きのリストを案内している。書類を作成し、動員への猶予を得るための支援を行っている」と話していました。
日本に住むウクライナ人の間でも意見分かれる
改正動員法に基づき個人情報を登録することについて、日本に住むウクライナの人たちの間でも意見が分かれています。
5年前から日本に住み東京で教師として働くセルギー・サモイレンコさん(40)は、「改正動員法は必要だ。兵士の数は少なくなってきている。ウクライナの人々が国を守らなければ、他に守る人はいない」と話しています。
政府が指定した個人情報の登録の締め切りを前に、サモイレンコさんはスマートフォンを使って住所や電話番号などを軍に登録しました。
サモイレンコさんは去年、親友が前線でロシア軍との戦闘中に亡くなったと話していて「彼は私や私の家族のために命をささげたと思っている。彼の存在が、国を守るために戦おうと私を後押ししてくれた。2年以上、戦場にいる兵士もいて、彼らも交代が必要だ」と話し、自身も動員されれば軍に行くと話しました。
一方で、改正動員法に反対だという人もいます。
ロシアによる軍事侵攻後のおととし日本に留学し、東京の大学に通うウクライナ出身の22歳の男性は「背景は理解しているが、この法律は自分の命に直接影響するものだと思う。自分の人生は自分で決めたい」と話していました。
男性は動員対象の年齢になるまで数年ありますが「戦争で死んでしまうのは、悲惨だし、とても怖い。誰も行きたくないと思う。もし戦場で負傷し足や視力を失うようなことがあっても、誰も何もしてくれず飢えで死んでしまうかもしれない」と率直な思いを明かしました。
その上で「国を守るために命をかける人々もいて、深い尊敬の念を抱いてはいるが、でも自分がウクライナに戻ることは考えられない。私は日本での生活に希望を抱いていて、夢もある」と話していました。
軍への登録を行わなかった場合、法律では、罰則が設けられているほか、一部の領事サービスが制限されるとも伝えられています。
男性は「日本人の婚約者がいて、いつか結婚をするつもりだがその際に必要な証明書類を発行してもらえない。パスポートもことし期限が切れるが、大使館に問い合わせると手続きを進めるには軍への登録が必要だと言われた」と話していました。