父親の子育てをめぐっては、男性の育児休業の取得率が上昇するなど、育児参加が徐々に進んできていますが、一方で、慣れない育児への不安や仕事との両立などに悩み、父親でも産後うつになるケースが相次いでいます。
しかし、母親と比べると支援が十分でなく、国の研究班が2023年に行った調査では、全国の自治体で父親を主な対象とする育児の支援事業を行っているのは、回答した613の自治体のうち、およそ10%にとどまっています。
こうした状況を受けて、国の研究班は、自治体の保健師や助産師など子育て施策にかかわる職員向けに父親への具体的な支援方法をまとめたマニュアルを初めて作成しました。
この中では
▽乳幼児健診の問診票などに、母親だけでなく、父親の健康状態や生活状況、それに働く環境などについて確認する項目を加えることや
▽新生児訪問などで家庭を訪れる時に、子どもや母親の状況だけでなく、父親にも話を聞いて、家族全体の情報を把握することが重要だと指摘しています。
研究班は、作成したマニュアルを近くホームページで公開し、今後は自治体の意見なども取り入れて、随時、更新していくことにしています。
研究班の代表を務める国立成育医療研究センター政策科学研究部の竹原健二部長は「父親も働きながら家事育児を担うと、母親と同様に負担が大きくなり、時には精神的な不調をきたすおそれもある。父親への支援も広げ、夫婦ともに育児しやすい環境を作り、楽しい子育てを実現できる社会にすべきだ」と話しています。
「産後うつ」とは
気分が落ち込んだり、集中力が低下するなどの不調が続く「産後うつ」は、母親だけでなく、父親もなるリスクがあります。
母親の産後うつは、出産後のホルモンバランスの変化だけでなく、周囲のサポートが不足することなどが原因で発症するリスクがあります。
一方、国の研究班によりますと、父親も子どもが生まれたことで、生活に大きな変化が生じ、育児に対する不安や夫婦関係の変化、それに長時間労働などが原因で、母親と同じように産後うつを発症するおそれがあるということです。
研究班が2016年の国のデータを分析したところ、子どもが生まれて1年未満に精神的な不調を感じる父親の割合は11%と、母親とほぼ同じ水準となっています。
全国初「父親の産後うつ」の専門外来
長野県松本市にある信州大学医学部附属病院では、妊産婦のメンタルケアを行う中で、夫の精神的な不調を相談されるケースが相次いだことから、2024年、全国で初めて「父親の産後うつ」の専門外来「周産期の父親の外来」を立ち上げました。
週に1日、予約制で診療にあたり、この1年間に20人ほどの父親が診察に訪れています。
12月に取材をした日には、「父親の産後うつ」と診断され、勤め先を休職中の30代の男性が訪れました。
男性は、去年5月に第1子が生まれ、3か月の育児休業を取得し、子育てを担いました。
育休が終わり仕事を再開したあとも、妻と育児を分担していましたが、子どもの夜泣きで眠れない日が続いた結果、気分が落ち込んだり、集中力が続かなかったりする症状が表れ、「父親の産後うつ」と診断とされました。
医師が現在の状態を確認した結果、睡眠不足や気分の落ち込みが解消されていることなどから、復職を許可する診断書を出しました。
そのうえで、「復職しても、完璧に仕事をこなさなければならないわけではなく、会社に柔軟な対応を求めてほしい」とアドバイスしていました。
父親は「子どもが生まれたら、時間の許すかぎり、子どもとかかわる父親になりたいと思っていた。育児は想像以上に大変で、自分以上に負担の大きい妻に不調を相談するのも難しかった。育児教室で、この外来の情報を知り、診察を受けることができて運がよかったが、父親が気軽に相談できる場所がもっとあればよいと思う」と話しています。
「周産期の父親の外来」を立ち上げた、信州大学医学部の村上寛医師は「妊娠や出産を経験していない父親が、どうして産後うつになるのかと思う人もいると思うが、育児に真面目に向き合おうとして、現実とのギャップに悩み苦しんでいる父親がいることは事実だ。社会が男性の育児参加を推進するのであれば、メンタルケアなどの支援も両輪で整備すべきだ」と話しています。
「父親の産後うつ」支援強化する自治体も
自治体の中には、「父親の産後うつ」などを防ぐため支援を強化するところもあります。
東京 板橋区では、保健師が新生児訪問や子どもの健診などの機会に、母親の相談に乗ったり、心身の状態を聞き取ったりして、産後うつの疑いがないか確認し、医師につなげるなどの支援を行ってきました。
しかし、5年ほど前からは、母親から「夫の様子がおかしい」と相談されたり、父親本人から、心身の不調について相談されたりするケースが目立つようになったといいます。
そこで板橋区は、2024年4月から9月までの半年間に、不調を訴えた父親のほか、新生児訪問や子どもの健診に同席した父親に聞き取り調査をしたところ、産後うつとみられる精神的な不調を抱えた人が少なくとも15人確認されました。
不調を抱えた父親は、精神科の医師につなぐなどして対応したということですが、区は氷山の一角とみています。
区の保健師は、これまで母親の支援を中心に行ってきたため、「父親の産後うつ」に詳しい専門家を呼んで研修を開くなどして、父親への支援策を模索してきました。
区では今後、新生児訪問や、子どもの健診などを案内する際に、家庭の事情を配慮したうえで、父親にも同席を促し、直接、心身の状態について聞き取り調査を行うことで、不調を早期に発見することにしています。
板橋区板橋健康福祉センターの小松貴代美所長は「今はまだ、父親が自分の不調や悩みをどこに相談してよいかわからない状況にある。現場も手探りだが、出来ることから実施し父親のニーズに合った支援を考えていきたい」と話しています。