労使で大詰めの議論
最低賃金は企業が労働者に最低限支払わなければならない賃金で、審議会では現在の時給1004円から過去最大となった去年の43円を上回る引き上げとなるかを焦点に、23日は午後から4回目の議論が行われています。
審議会では物価高が続いていることや春闘の賃上げなどを踏まえ、全国平均の時給の目安を過去最大となる、およそ5%の引き上げとする方向で調整していることが関係者への取材でわかりました。
引き上げの目安は全国の都道府県を3つのランクに分けて示されますが、いずれも50円程度で調整されていて、このままいけば全国平均の時給は1050円台半ばとなります。
これまでの議論で労働者側は物価高で労働者の生活が厳しさを増しているなどとして現在、時給1000円を下回っている道と県を中心に67円の大幅な引き上げを求めていました。
これに対し企業側は中小零細企業を中心にコスト増加分の価格転嫁が進まず、十分な賃上げができていないなどとして大幅な引き上げには慎重な姿勢を示しています。
政府は2030年代半ばまでに最低賃金を1500円に引き上げることを目標に掲げていて、春闘で高い水準の賃上げが広がる中、去年に続き過去最大の引き上げとなるか注目されます。
審議会は近く決着し、全国平均の引き上げ額の目安を示すことにしています。
その後、この目安を参考に8月には都道府県ごとに労使が参加した会議で地域の実情に応じた実際の引き上げ額がまとまり、ことし10月から順次、適用される予定です。
最低賃金 最近は大幅な引き上げ続く
最低賃金は去年、初めて全国平均が時給1000円を超えて1004円となっていて、去年は前の年から43円引き上げられるなど最近は大幅な引き上げが続いています。
最低賃金の引き上げ額は新型コロナの影響で経済状況が悪化した2020年度は1円の引き上げでしたが、2021年度からは3年連続で過去最大の引き上げとなっています。
過去10年でみれば、4回、過去最大の引き上げを更新して、この間に全国平均で224円引き上げられました。
政府はこれまで最低賃金を1000円達成を目標としていましたが、去年、これを達成しました。
新たな目標については2030年代半ばまでに全国平均で1500円とするとしていて、6月決定した骨太の方針にはより早く達成することを目指すと明記しました。
また、労働団体の連合は2035年までに時給1600円から1900円程度にするという目標を掲げていて、政府よりも高い水準を目指しています。
課題は中小零細企業の環境づくり コスト増を価格転嫁できるか
最低賃金の引き上げが求められる中で課題となるのが、最低賃金近くで働く人を多く雇用する中小零細企業が賃金を支払うことができる環境づくりです。
そのために重要なのが中小零細企業が原材料費や人件費などのコストの増加分を価格転嫁し、賃上げの原資を確保することです。
厚生労働省が企業の規模別に最低賃金近くで働く人の割合を調査したところ、従業員が▽1000人以上の企業では12.6%だった一方で、▽10から99人の企業では17.5%、▽5から9人では20.1%と中小零細企業ほど最低賃金近くで働く人の割合が高くなっています。
中小企業庁が企業の価格転嫁の状況について去年10月からことし3月にかけて行った調査では延べ6万7000社あまりのうち▽取引先と価格交渉が行われた企業の割合は59.4%で、(前回調査58.5%)▽原材料費や労務費などのコスト全体を価格転嫁できた企業の割合は46.1%と(前回調査45.7%)前回の調査よりわずかに増加したものの価格転嫁率は半分程度にとどまっています。
価格交渉は行われたがまったく価格転嫁できなかったという企業の割合が高い業種は▽トラック運送が19.7%と最も高く、▽放送コンテンツが19%、▽金融・保険が16%となっています。
国は中小企業が取引先の大企業などに価格転嫁しやすい環境づくりを進めようと下請けGメンと呼ばれる調査員を全国に配置して価格転嫁の要請が適切に対応されているかをチェックするなど対策を進めています。
価格転嫁に課題抱えるトラック運送業
価格転嫁に課題を抱える業種がトラック運送業です。
中小企業庁の調査で、全く価格転嫁できなかったという企業の割合はおよそ2割にのぼり、業種別で最も高くなりました。
最低賃金は時給で働く人に限らずすべての労働者に適用されますが厚生労働省によりますと、フルタイムで働く人のうち、最低賃金近くで働く人の割合は、運輸業は7.64%と、宿泊業・飲食サービス業に次いで2番目に多くなっています。
産業別労働組合の運輸労連の調査によりますと、加盟する416の労働組合のうち、会社内で最も低い賃金で働く人が最低賃金以下だと報告されているケースが28組合にのぼっています。
運輸労連 今井瑞希さん “価格交渉できる環境づくりを”
「運輸産業で働く人の賃金は他の産業に比べて低いと言われていて、最低賃金が上がることは働く仲間の賃金も上がるという指標なので、前向きに取り組みを進めてほしい。そのために企業は標準的な運賃をきちんと荷主さんからいただく取り組みを進めることが重要だ。国も運輸業界が価格交渉ができるような環境づくりを進めてほしい」
運送会社 “価格転嫁進めることが欠かせない”
最低賃金で近くで働く従業員がいる運送会社からは、最低賃金を大幅に引き上げるためには価格転嫁を進めることが欠かせないという声が聞かれました。
福島県郡山市に本社がある従業員およそ350人の運送会社は、食品や家電製品、工場で使われる機材などの配送を行っています。
従業員の中には若手ドライバーやパートで働く人などを中心に福島県の最低賃金、時給900円近くで働く従業員も少なくありません。
会社側によりますと去年は4年前と比べると、ガソリン代は1億円以上増えているのに加えて、賃上げや最低賃金の引き上げに伴って社員に支払う給与総額は3000万円ほど増えていて、厳しい経営状況が続いているということです。
一方で、荷主と価格交渉を続けているものの、ガソリン代や人件費の価格転嫁は思うように進んでいないということです。
郡山運送 小野田弘明社長「仕事を切られてしまうケースも」
「荷主と値上げ交渉の話を進めても『そんな値上げできないから、明日から仕事しないでいい』と仕事を切られてしまうケースもよくあります。地方の中小企業では最低賃金に近い社員を雇用している会社が多いので、急激な最低賃金の引き上げは経営に大きな影響を与えます。国の政策としても運輸業界の運賃の値上げや正当な運賃をいただけるような環境作りをしっかりしていただきたい」
最低賃金についてトラックドライバーは
東京 品川区の路上で休憩しているトラックドライバーに最低賃金について聞いたところ引き上げへの期待とともに、会社側が賃上げの原資を確保できる環境づくりを求める声が聞かれました。
神奈川県の運送会社に勤める62歳のドライバーの男性
「基本給を時給に換算すると1100円程度で神奈川県の最低賃金とほぼ同じくらいです。ことし4月から時間外労働の上限規制が適用されて残業時間が減り、給料も月5万円程度下がりました。物価が上がっていて生活は厳しく、最低賃金は少なくとも300円から400円くらいは引き上げて欲しいです」
都内の運送会社に勤める53歳のドライバーの男性
「30年くらい同じ会社にいますが、賃金は上がっておらず、モチベーションも上がりません。物価も上がっているので最低賃金も1600円くらいには引き上げて欲しいです」
都内の運送会社に勤める47歳のドライバーの男性
「ドライバーの仕事はほかの仕事と比べて労働時間も長く身を削った仕事だと思いますが給料は高くなく割に合わないと思います。通信販売などで送料無料が当たり前だという意識が根付いていて価格転嫁が行いづらい環境にあるかもしれませんが、給料を上げていかないとこの仕事に就く人もいなくなると思うので最低賃金が上がって欲しい」
林官房長官 “最低賃金による賃上げ底上げも必要”
林官房長官は午後の記者会見で「賃上げの流れを非正規雇用労働者などでも実現していくため、政府として価格転嫁の促進や生産性向上支援を進め、中小企業の賃上げを強力に後押しすることとしている。これらに加え、最低賃金による底上げも必要だ」と指摘しました。
その上で「先月、閣議決定された骨太の方針では都道府県ごとに定められる地域別最低賃金について地域間格差の是正を図るとされた。物価の状況なども踏まえつつ、審議会で真摯な議論がなされることを期待している」と述べました。
専門家 大和総研 神田慶司シニアエコノミストは
「結果的に大幅な引き上げになるのでは」最低賃金の議論について、大和総研の神田慶司シニアエコノミストは「春闘を受けて最低賃金でも大幅な引き上げをしていくという流れの中で、物価の上昇率は前年度に比べると低下してきている。ただ、政府は時給1500円の目標に向けて早期に引き上げ、地域間格差を是正するという方針を出しているので、結果的に大幅な引き上げになるのではないか」と話していました。
「中小企業どうしの価格転嫁もより円滑に」また、「最低賃金が大幅な引き上げとなった場合には、中小企業の価格転嫁がより重要になるが、デフレに陥って30年間、価格を引き上げないことが当たり前になっていて、価格転嫁が経済行動として難しい。これまで政府は大企業に対し、価格転嫁を促す取り組みを進めてきたが、今後は中小企業どうしの価格転嫁もより円滑に進めるような取り組みが必要だ。経済実態を無視して大幅に引き上げ過ぎると今度は企業にとってはかなり負担になって、逆に働く人の雇用が不安定になり、生活が安定しない人も出てくる。最低賃金を引き上げながらも企業の価格転嫁をしっかり促して企業の経営と働く人の生活の安定を両立させることを目指していく必要がある」と指摘していました。