「第だい四よんの被ひばく」米べい軍医ぐんい報告ほうこく書しょ “重度じゅうどの白血球はっけっきゅう減少げんしょう” 指摘してき

66年ねん前まえの1958年ねん、海上かいじょう保安庁ほあんちょうの船ふねが太平洋たいへいよう上じょうでアメリカの水爆すいばく実験じっけんに遭遇そうぐうして被ひばくした事件じけんでは、翌年よくねん、乗組のりくみ員いんの1人にんが急性きゅうせい骨髄こつづい性せい白血病はっけつびょうで死亡しぼうしましたが、国くには、被ひばくの線量せんりょうは微量びりょうで直接ちょくせつ関連かんれんづけることは困難こんなんだとしました。

今回こんかい、NHKが、被ひばく直後ちょくごに派遣はけんされたアメリカの軍医ぐんいの報告ほうこく書しょを入手にゅうしゅして分析ぶんせきしたところ、乗組のりくみ員いんの一部いちぶに重度じゅうどの白血球はっけっきゅうの減少げんしょうが起おきるなど体からだに深刻しんこくな異常いじょうが起おきていると指摘してきしていたことがわかりました。

航海こうかい中ちゅうに水爆すいばく実験じっけんに遭遇そうぐう

1958年ねん7月つき、海上かいじょう保安庁ほあんちょうの測量そくりょう船せん「拓つぶせ洋よう」と巡視じゅんし船せん「さつま」の2隻せきは、太平洋たいへいようを航海こうかい中ちゅう、アメリカがビキニ環礁かんしょうで行おこなった水爆すいばく実験じっけんに遭遇そうぐうして乗組のりくみ員いんが被ひばくし、その1か月かげつ後ご、当時とうじの厚生省こうせいしょうの協議きょうぎ会かいは「現在げんざい、放射線ほうしゃせん障害しょうがいがあるという所見しょけんは得えられない」などとする見解けんかいを発表はっぴょうしました。

翌年よくねんの1959年ねん8月つき、「拓つぶせ洋よう」の首席しゅせき機関きかん士しだった永野ながの博吉ひろきちさん（当時とうじ34歳さい）が急性きゅうせい骨髄こつづい性せい白血病はっけつびょうで死亡しぼうしましたが、厚生省こうせいしょうの協議きょうぎ会かいは被ひばくの線量せんりょうは「微量びりょう」で白血病はっけつびょうと直接ちょくせつ関連かんれんづけて考かんがえることは「現在げんざいの医学いがくの立場たちばからは困難こんなん」だと結論けつろんづけました。

米べい軍医ぐんいの報告ほうこく書しょを入手にゅうしゅ 分析ぶんせきすると…

今回こんかい、NHKは、ラバウルに派遣はけんされたアメリカの軍医ぐんいが、乗組のりくみ員いんの体からだに現あらわれた異常いじょうや被ひばく線量せんりょうの推定すいてい値ちなどを詳細しょうさいにまとめた報告ほうこく書しょをアメリカの公文こうぶん書しょ館かんなどで入手にゅうしゅし、広島ひろしまで長年ながねん、被爆ひばく者しゃ医療いりょうに取り組とりくみ、現在げんざいは福島ふくしま市しの病院びょういんに勤務きんむする齋藤さいとう紀おさむ医師いしとともに分析ぶんせきしました。

それによりますと、被ひばくから12日にち後ごに乗組のりくみ員いん113人にんから24人にんを抽出ちゅうしゅつして行いった血液けつえき検査けんさで、全体ぜんたいの3分ぶんの2にあたる16人にんの白血球はっけっきゅう数すうが減少げんしょうしていると評価ひょうかされていたことがわかりました。なかには、重度じゅうどの減少げんしょうだと評価ひょうかされた乗組のりくみ員いんもいました。

さらに、全体ぜんたいの半数はんすうにあたる12人にんに、白血球はっけっきゅうを構成こうせいする成分せいぶんの割合わりあいにも深刻しんこくな異常いじょうが生しょうじていたこともわかりました。

こうした症状しょうじょうについて軍医ぐんいの報告ほうこく書しょでは「500ミリシーベルト以上いじょう被ひばくした場合ばあいの急性きゅうせい被ひばくや放射線ほうしゃせん障害しょうがいと関連かんれんづけられることに疑問ぎもんの余地よちはない」などと記載きさいされていました。

しかし、船ふねの上うえでの測定そくてい値ちから算出さんしゅつした被ひばく線量せんりょうが微量びりょうだなどとして最終さいしゅう的てきに「健康けんこうへの影響えいきょうはない」と結論けつろんづけられていました。

報告ほうこく書しょの分析ぶんせきを行おこなった齋藤さいとう医師いしは「体からだの異常いじょうの解釈かいしゃくが出来できないと軍医ぐんいは苦くるしんでいるが、結論けつろんでは微量びりょうな線量せんりょうだということで体からだの異常いじょうを打ち捨うちすてている。問題もんだいは、矛盾むじゅんするからといって放射線ほうしゃせんの影響えいきょうそのものをないことにしようという姿勢しせいをとってしまったことだ」と指摘してきしました。

被ひばく当時とうじの状況じょうきょう

今回こんかいの被ひばく事件じけんは、1958年ねん7月つき、海上かいじょう保安庁ほあんちょうの測量そくりょう船せん「拓つぶせ洋よう」など2隻せきが、60か国かこく余あまりが参加さんかした国際こくさい地球ちきゅう観測かんそくプロジェクトに参加さんかし、太平洋たいへいようを航海こうかい中ちゅうに起おきました。2隻せきの乗組のりくみ員いんは、放射線ほうしゃせん量りょうを計測けいそくする観測かんそく員いんや医師いし、同行どうこうした新聞しんぶん記者きしゃも含ふくめ、あわせて113人にんでした。

2隻せきが航海こうかいに出でた時期じき、アメリカは、太平洋たいへいようで3日にちに1回かいのハイペースで核かく実験じっけんを行おこなっていて、プロジェクトの調査ちょうさはアメリカが設定せっていした危険きけん区域くいきを避さけて実施じっしすることになっていました。

この航海こうかいについて、「拓つぶせ洋よう」の航海こうかい長ちょうだった大山おおやま雅清まさきよさんが手記しゅきに詳くわしく書き残かきのこしていました。

出港しゅっこうした7月つき3日にち、「平均へいきん年齢ねんれい29歳さい。若わかい乗員じょういん構成こうせいだ。私わたしは航海こうかい長ちょう36歳さい、拓つぶせ洋ようも若わかい。観測かんそく点てんへ向むけ一路いちろ南下なんか」と記しるされています。

7月つき13日にち、「核かく実験じっけん情報じょうほう入手にゅうしゅ。本庁ほんちょう79番ばん電でん『7月つき12日にち1230ごろ微び気圧きあつ振動しんどうを感かんじた。発生はっせい地ちは日本にっぽん南みなみ東方とうほう約やく1500海里かいり』」などと海上かいじょう保安庁ほあんちょうから「拓つぶせ洋よう」に核かく実験じっけんの情報じょうほうが寄よせられたと記載きさいされています。

今回こんかい、NHKが取材しゅざいした複数ふくすうの元もと乗組のりくみ員いんは、航行こうこうするエリアが核かく実験じっけんが行おこなわれている場所ばしょの近ちかくだということを事前じぜんに知しらされていなかったと証言しょうげんしました。

「拓つぶせ洋よう」の甲板かんぱん員いんだった仲田なかた次男つぐおさん（90）は「幹部かんぶの人ひとたちは聞きいていたかもしれないが、われわれは一切いっさい知しらなかった」と話はなしました。海上かいじょう保安庁ほあんちょうの資料しりょうによりますと、核かく実験じっけんの情報じょうほうが寄よせられた翌日よくじつ、14日にちの正午しょうごごろ、「拓つぶせ洋よう」が危険きけん区域くいきから西にしにおよそ300キロの海域かいいきを航行こうこう中ちゅう、「かなり強つよい放射能ほうしゃのう気団きだん」に遭遇そうぐうし、「急激きゅうげきな放射能ほうしゃのう汚染おせん」を検出けんしゅつしたということです。

「拓つぶせ洋よう」の甲板かんぱんで計測けいそくされた放射線ほうしゃせん量りょうは、14日にちの午後ごご0時じ10分ふんから急激きゅうげきに増ふえ始はじめ、その後そのごも長時間ちょうじかん、増加ぞうかが続つづきました。

このころ、「拓つぶせ洋よう」の周辺しゅうへんではスコールが降ふったということです。

同おなじ14日にち、大山おおやまさんの手記しゅきには「距離きょりと経過けいか時間じかんから拓つぶせ洋ようは正まさに放射能ほうしゃのう塵ちり拡散かくさん帯たいの中心ちゅうしん軸じく付近ふきんにいることになる」、「この汚染おせん気団きだんからすみやかに離脱りだつするには南方なんぽうへ避退しさするのが賢明けんめいであろう。そこで観測かんそくを一時いちじ中止ちゅうしし南下なんか」などと記しるされています。

2隻せきは観測かんそくを中止ちゅうしし、避難ひなんのため急きゅうきょ、南太平洋みなみたいへいようのラバウルに向むかいました。

7月つき18日にちの手記しゅきには、「乗員じょういんの大だい多数たすうに白血球はっけっきゅう数すう異常いじょう低下ていかが認みとめられるので、なお警戒けいかいを怠おこたらぬこととした」と緊迫きんぱくした状況じょうきょうが記しるされています。

また、取材しゅざいのため「さつま」に同乗どうじょうしていた新聞しんぶん記者きしゃが撮影さつえいした写真しゃしんや映像えいぞうには、乗組のりくみ員いんが除じょ染そめのため、ホースで船体せんたいに水みずをかけている様子ようすがおさめられていました。

海水かいすいからは通常つうじょうより高たかい放射線ほうしゃせん量りょうが計測けいそくされていましたが、乗組のりくみ員いんによりますと、除じょ染そめに海水かいすいを使つかうよう指示しじされたということで「さつま」の砲ほう員いんだった巻まき木き慶けい三さんさん（94）は「真水まみずはよけいに積つんでませんでしたから海水かいすいをくみ上くみあげて3日間にちかん続つづけて除じょ染そめしました」と証言しょうげんしました。

ラバウルに到着とうちゃくしたあと、乗組のりくみ員いんにはアメリカの軍医ぐんいによる身体しんたい検査けんさなどが行おこなわれ、被ひばくから24日にち後ごの8月つき7日にち、2隻せきは東京とうきょうに戻もどりました。

当時とうじのニュース映像えいぞうには、乗組のりくみ員いんを出迎でむかえる家族かぞくたちの姿すがたが残のこされています。

アメリカの核かく実験じっけんと日にち米べい関係かんけい

測量そくりょう船せん「拓つぶせ洋よう」が被ひばくしたこの時期じき、アメリカの核かく戦略せんりゃくが日にち米べいの関係かんけいに大おおきな影響えいきょうを与あたえていました。

1950年代ねんだい、米べいソの核かく軍拡ぐんかく競争きょうそうが加速かそくし、東西とうざいの対立たいりつが先鋭せんえい化かしました。

アメリカでは1953年ねんに発足ほっそくしたアイゼンハワー政権せいけんが、通常つうじょう兵器へいきに代かえて核兵器かくへいきに依存いぞんする防衛ぼうえい戦略せんりゃく、いわゆる「大量たいりょう報復ほうふく戦略せんりゃく」を打ち出うちだしました。

原爆げんばくよりさらに威力いりょくがある水爆すいばくで、ソ連それんに対にたいする抑止よくし力りょくを高たかめようとしました。

しかし、1954年ねん3月つき、アメリカが太平洋たいへいようのビキニ環礁かんしょうで行おこなった水爆すいばく実験じっけんで、静岡しずおか県けんのマグロ漁船ぎょせん第だい五ご福竜丸ふくりゅうまるの乗組のりくみ員いんが被ひばくするビキニ事件じけんが起おきました。

乗組のりくみ員いんは「死の灰しのはい」を浴あび、被ひばくから半年はんとし後ごには、無線むせん長ちょうだった久保山くぼやま愛吉あいきちさんが亡なくなりました。

ビキニ事件じけんをきっかけに核かく実験じっけん禁止きんしを求もとめる運動うんどうが日本にっぽん全国ぜんこくで展開てんかいされ、世界せかい的てきにも核兵器かくへいき廃絶はいぜつへの潮流ちょうりゅうが生うまれ、アメリカの核かく戦略せんりゃくは国際こくさい的てきな非難ひなんにさらされました。

そして、4年ねん後ごの1958年ねん7月つきに行おこなわれた水爆すいばく実験じっけん「ポプラ」で、海上かいじょう保安庁ほあんちょうの測量そくりょう船せん「拓つぶせ洋よう」と巡視じゅんし船せん「さつま」の乗組のりくみ員いんが被ひばくしました。

日にち米べいの間までは、ちょうどこの時期じき、日にち米べい安全あんぜん保障ほしょう条約じょうやくの改定かいてい交渉こうしょうが始はじめられようとしていて、外務省がいむしょうの内部ないぶ文書ぶんしょには、反核はんかく世論せろんがアメリカへの反発はんぱつにつながり、交渉こうしょうが難航なんこうすることを懸念けねんする内容ないようが記しるされていました。

事件じけんには不明ふめい点てんも

この事件じけんでは、被ひばくによる乗組のりくみ員いんの体からだへの影響えいきょうについて、明あきらかになっていないこともあります。

2隻せきの乗組のりくみ員いんは、帰国きこくしたあとも複数ふくすう回かい、検査けんさを受うけていて、当時とうじの厚生省こうせいしょうの協議きょうぎ会かいは、「異常いじょうは認みとめられなかった」などと一貫いっかんして影響えいきょうを否定ひていしました。

また、被ひばくから1年ねん後ごの1959年ねん8月つきに急性きゅうせい骨髄こつづい性せい白血病はっけつびょうで亡なくなった永野ながの博吉ひろきちさんについて東京とうきょう大学だいがく理学部りがくぶと当時とうじの放射線ほうしゃせん医学いがく総合そうごう研究所けんきゅうじょが遺体いたいの検査けんさを行おこないました。

このうち、放医研ほういけんは「十じゅう分ふん論ろんじることができない」としましたが、東京とうきょう大学だいがくの検査けんさでは永野ながのさんの内部ないぶ被ひばく線量せんりょうが2レム、およそ20ミリシーベルトと推定すいていされました。

この検査けんさ結果けっかを踏ふまえ、厚生省こうせいしょうの協議きょうぎ会かいは永野ながのさんの被ひばくの線量せんりょうは「微量びりょう」で、白血病はっけつびょうと直接ちょくせつ関連かんれんづけて考かんがえることは「現在げんざいの医学いがくの立場たちばからは困難こんなん」だと結論けつろんづけました。

いずれの場合ばあいもどのような議論ぎろんを経へて結論けつろんに至いたったのかなど、被ひばくの影響えいきょうを否定ひていする判断はんだんをした理由りゆうは明あきらかになっていません。

このためNHKは協議きょうぎ会かいの議事ぎじ録ろくなど一連いちれんの文書ぶんしょについて情報じょうほう開示かいじ請求せいきゅうを行おこないましたが、厚生こうせい労働ろうどう省しょうは「作成さくせいまたは取得しゅとくした事実じじつはなく、実際じっさいに保有ほゆうしていないため、不ふ開示かいじとした」としています。

永野ながのさんの妻つま 澄子すみこさん「『秘密ひみつ、秘密ひみつ、秘密ひみつ』と口止くちどめ」

被ひばく事件じけんの翌年よくねん、急性きゅうせい骨髄こつづい性せい白血病はっけつびょうで死亡しぼうした「拓つぶせ洋よう」の首席しゅせき機関きかん士し、永野ながの博吉ひろきちさん（当時とうじ34歳さい）の妻つま・永野ながの澄子すみこさん（当時とうじ93歳さい）が、ことし5月つきに亡なくなる前まえ、取材しゅざいに応おうじました。

博吉ひろきちさんが太平洋たいへいよう上じょうで被ひばくしたのは澄子すみこさんと結婚けっこんしてまもない1958年ねん7月つきで、2人にんの結婚けっこん生活せいかつはわずか3年ねんだったということです。

被ひばく直後ちょくごの博吉ひろきちさんの体調たいちょうについて澄子すみこさんは「体からだがだるく、毛もうが抜ぬけたと本人ほんにんから聞きいた」と話はなしました。

そのうえで、「船ふねで帰かえってくる途中とちゅうから毛もうが抜ぬけ始はじめたらしいです。帰国きこくしたあとはももから下したの足あしの毛けがすっかりきれいに抜ぬけてしまっていました。『また毛けが抜ぬけた』と言いっていたことは覚おぼえています。本人ほんにんは気きにしていました」と話はなしました。

その後そのご、博吉ひろきちさんは船ふねでの勤務きんむを再開さいかいしましたが、事件じけんからおよそ1年ねん後ご、歯はぐきからの出血しゅっけつが止とまらなくなり、入院にゅういんしました。

病室びょうしつには大量たいりょうの血ちがついたシャツが置おかれていたこともあったということです。被ひばくから1年ねん後ごの1959年ねん8月つき3日にち、博吉ひろきちさんは亡なくなりました。

博吉ひろきちさんが亡なくなった日ひ、国くにの役人やくにんから口止くちどめされたということです。

澄子すみこさんは「口止くちどめされたことは覚おぼえています。とにかく『秘密ひみつ、秘密ひみつ、秘密ひみつ』でした。それから『日本にっぽんの国くにだけの問題もんだいじゃなくて、アメリカも絡からんでいるから』っていうことを言いわれました。それだけは悔くやしいです」と話はなしました。

さらに「『博吉ひろきちさんのこの放射能ほうしゃのうの量りょうではお子おこさんに対にたいして、そのまたお子おこさんに対にたいして将来しょうらいの遺伝いでんっていうことを考かんがえなくて結構けっこうです』と即座そくざに言いわれました」とも話はなしました。

そして、澄子すみこさんは「人ひとの命いのちに代かわるものはないです。陰かげに泣なく人ひとが何なん人にんもいるんだということを忘わすれないでほしいです。だから、もうこういう思おもいをする人ひとはなくしてほしいです」と訴うったえました。