穴あなが空あいた肺はい 生死せいしを分わけた治療ちりょうの記録きろく コロナ感染かんせん 40代だい男性だんせい

第だい4波はのさなか、大阪おおさかの医療いりょう体制たいせいが最もっともひっ迫ひっぱくしていたときです。

喫煙きつえん歴れきはあるものの、特とくに基礎きそ疾患しっかんはないという久保田くぼたさん。

39度どの発熱はつねつに加くわえ、味覚みかくや嗅覚きゅうかくの異常いじょうを感かんじ、検査けんさを受うけました。

一人暮ひとりぐらしだった久保田くぼたさんは自宅じたくで療養りょうようを続つづけましたが、熱ねつは下さがらず、呼吸こきゅうも徐々じょじょに苦くるしくなっていったといいます。

久保田くぼたさん

「39度どの熱ねつが続つづいて、呼吸こきゅうもぜいぜいと苦くるしくなって、これはあかんと思おもって救急きゅうきゅう車しゃを呼よびました。でも、病院びょういんがなかなか見みつからず、救急きゅうきゅう車しゃの中なかでうめきながら何なん時間じかんも待まった記憶きおくがあります」

ようやく搬送はんそうされたのは地元じもとの総合そうごう病院びょういん。感染かんせん判明はんめいから9日にち後ごのことです。

重度じゅうどの呼吸こきゅう不全ふぜんと診断しんだんされて治療ちりょうを受うけたものの、症状しょうじょうはなかなか改善かいぜんしませんでした。

2週間しゅうかん後ご、高度こうどな治療ちりょうができる関西かんさい医科いか大学だいがく総合そうごう医療いりょうセンターへの転院てんいんを余儀よぎなくされました。

転院てんいんした直後ちょくごの肺はいのCTの画像がぞうです。

CTでは通常つうじょう、臓器ぞうきや血管けっかんなど組織そしきのある部分ぶぶんは白しろく、何なにもないところは黒くろくうつります。

久保田くぼたさんの画像がぞうは、肺はいがあるはずの胸むねの部分ぶぶんに黒くろい空洞くうどうが広ひろがっていました。

ウイルスによって肺はいの組織そしきが壊こわされて穴あなが空あき、肺はいが潰つぶれて本来ほんらいの3分ぶんの1ほどの大おおきさになってしまっていたのです。

まるでふくらんだ風船ふうせんに穴あなが空あき、中なかの空気くうきが抜ぬけてしぼんでしまったかのような状態じょうたいでした。

「片方かたほうの肺はいが破やぶれ、穴あなが空あいていると説明せつめいを受うけました。とにかくしんどい。息いきを吸すっても吸すっても、酸素さんそが入はいってこないので、溺おぼれているように息いきができない。そんな感かんじでした」

入院にゅういんから2日にち後ご、久保田くぼたさんは肺はいの穴あなを塞ふさぐ手術しゅじゅつを受うけ、集中しゅうちゅう治療ちりょう室しつに入はいりました。

このとき、人工じんこう心肺しんぱい装置そうち＝ECMOと人工じんこう呼吸こきゅう器きを装着そうちゃくしました。

ウイルスによるダメージが回復かいふくするまで、肺はいを休やすませる必要ひつようがあったからです。

久保田くぼたさんの記憶きおくはここで途切とぎれます。

このあと2か月かげつ間かん、病状びょうじょうは一進一退いっしんいったいを繰り返くりかえしました。

久保田くぼたさんの治療ちりょうを担当たんとうした関西かんさい医科いか大学だいがく総合そうごう医療いりょうセンターの中森なかもり靖やすし医師いしは、当時とうじの状況じょうきょうをこう振り返ふりかえりました。

センターは、去年きょねん春はるの第だい1波はのころから、800人にん以上いじょうの患者かんじゃを受け入うけいれていて、副ふく病院びょういん長ちょうを務つとめる中森なかもり医師いしは診療しんりょうの中心ちゅうしんを担になってきました。

肺はいの穴あなを塞ふさぐ手術しゅじゅつをしてからおよそ3週間しゅうかん後ご、手術しゅじゅつでいったん回復かいふくに向むかっていた久保田くぼたさんの肺はいは、再ふたたび状態じょうたいが悪化あっかしていました。

手術しゅじゅつ前まえとは異ことなり、今度こんどは肺はいの内側うちがわに黒くろい空洞くうどうができていました。

炎症えんしょうが肺はいの中なかまで進すすみ、内部ないぶの組織そしきまで壊こわされてしまっていたのです。

原因げんいんはウイルスではありませんでした。

新型しんがたコロナに感染かんせんすると、ウイルスを排除はいじょして自分じぶんの体からだを守まもるために働はたらくはずの「免疫めんえき」が暴走ぼうそうし、自分じぶん自身じしんの体からだを攻撃こうげきしてしまうことがあります。

重症じゅうしょう化かの要因よういんの1つとされていて、久保田くぼたさんの肺はいの炎症えんしょうもこれが原因げんいんとみられました。

肺はいの空洞くうどうは大おおきく、今回こんかいは塞ふさぐ手術しゅじゅつをするのも困難こんなんな状況じょうきょうでした。

画像がぞうを見みたICUのスタッフの多おおくが、肺はいを丸まるごと取り替とりかえる「肺はい移植いしょく」しか手てがないと考かんがえるほどだったといいます。

諸刃もろはの剣けんとも言いえる抗こう炎症えんしょう薬やく。

どのタイミングでどの薬剤やくざいをどう使つかうのか、患者かんじゃの生死せいしに直結ちょっけつしかねない重おもい決断けつだんが迫せまられます。

中森なかもり医師いしは、深刻しんこくなダメージを負おった久保田くぼたさんの肺はいの炎症えんしょうを抑おさえるため、リスクを承知しょうちで重点じゅうてん的てきに使つかう決断けつだんをしました。

一方いっぽう、細菌さいきんなどの感染かんせんを抑おさえる手立てだても講こうじました。

抗菌こうきん薬やくの投与とうよに加くわえ、細菌さいきん感染かんせんの経路けいろになりやすいカテーテルの管かんを交換こうかんする頻度ひんどを、1週間しゅうかんごとから3日にちごとに増ふやすなどして対応たいおうしました。

炎症えんしょうの状態じょうたいと細菌さいきん感染かんせんの有無うむを慎重しんちょうに観察かんさつしながら治療ちりょうを続つづけた結果けっか、久保田くぼたさんの肺はいは少すこしずつ回復かいふくに向むかっていきました。

心配しんぱいしていた細菌さいきん感染かんせんもなんとか抑おさえられ、肺炎はいえんは入院にゅういんから1か月かげつ半はんがたった7月つき中旬ちゅうじゅんには落ち着おちついていました。

そして、2つ目めの治療ちりょうの山場やまばを迎むかえます。

それは、ECMOと人工じんこう呼吸こきゅう器きの取り外とりはずし方かたでした。

実じつは、久保田くぼたさんは、このときまでに2回かい、ECMOを取り外とりはずしています。

しかし、いずれも直後ちょくごに容体ようだいが悪化あっかし、再ふたたび装着そうちゃくするということを繰り返くりかえしていました。

中森なかもり医師いしはこうした経過けいかから、併用へいようしている人工じんこう呼吸こきゅう器きに原因げんいんの一端いったんがあると考かんがえました。

ECMOは患者かんじゃから取り出とりだした血液けつえきに直接ちょくせつ酸素さんそを送り込おくりこみ、体内たいないにその血液けつえきを戻もどすことで肺はいの機能きのうを一時いちじ的てきに代行だいこうする治療ちりょうです。

血液けつえきがECMOの装置そうちを巡めぐる途中とちゅうで血栓けっせんができるリスクがあるため、肺はいの回復かいふく後ごは速すみやかに外はずす必要ひつようがあります。

一方いっぽう、人工じんこう呼吸こきゅう器きも肺はいに酸素さんそを送り込おくりこむことで呼吸こきゅうを助たすけますが、先さきにECMOを取り外とりはずした場合ばあい、ECMOで補おぎなっていた分ぶんが減へるので、代かわりに人工じんこう呼吸こきゅう器きを通をとおして送り込おくりこむ量りょうが増ふえることになります。

久保田くぼたさんの肺はいはその負担ふたんの急きゅうな変化へんかに耐たえられなかったのではないか、と中森なかもり医師いしは考かんがえました。

そこで、3回かい目めとなった今回こんかいは、人工じんこう呼吸こきゅう器きを先さきに外はずす決断けつだんをしました。

同おなじように、人工じんこう呼吸こきゅう器きを先さきに外はずすことで回復かいふくにつながったというケースが報告ほうこくされていたことも、決断けつだんを後押あとおししました。

首くびにECMOの管かんがつながったまま、集中しゅうちゅう治療ちりょう室しつの中なかで自じ撮とりしたときの写真しゃしんです。

季節きせつは春はるから夏なつになっていました。

中森なかもり医師いしの決断けつだんは功こうを奏そうし、久保田くぼたさんはこの2週間しゅうかん後ご、一般いっぱんの病棟びょうとうに戻もどることができました。

久保田くぼたさんの生死せいしを分わけたのは、厳きびしい状況じょうきょうに追い込おいこまれても解決かいけつ策さくを見みいだそうとし続つづけた医療いりょうチームの姿勢しせいでした。

関西かんさい医科いか大学だいがく総合そうごう医療いりょうセンター 中森なかもり靖やすし医師いし

「肺はいの中なかに空洞くうどうができ、手術しゅじゅつもできないとなったときは本当ほんとうに治療ちりょうの限界げんかいを感かんじました。最後さいごの手段しゅだんだと思おもい抗こう炎症えんしょう薬やくを使つかいましたが、回復かいふくまでの過程かていは奇跡きせきとしか言いいようがありません。諦あきらめずに治療ちりょうにあたれば治なおるんだということを、改あらためて久保田くぼたさんに教おしえてもらったと感かんじています」

久保田くぼたさんは8月つき下旬げじゅんに退院たいいんし、その後そのご、通院つういんしながらリハビリを続つづけました。

入院にゅういん直後ちょくごには穴あなが開ひらいてしまい、大おおきさが縮ちぢむほど深刻しんこくなダメージを受うけていた久保田くぼたさんの肺はいの組織そしき。その後そのご、手術しゅじゅつで肺はいの穴あなをふさぎ、時間じかんの経過けいかとともに修復しゅうふくすることで、本来ほんらいの機能きのうを徐々じょじょに取り戻とりもどしつつありました。

退院たいいん直前ちょくぜんに撮影さつえいされたCTの画像がぞうには、本来ほんらいあるべき場所ばしょに肺はいの組織そしきがはっきりと写うつっていました。

2か月かげつ間かんにわたる壮絶そうぜつな闘病とうびょうの中なかで、久保田くぼたさんの命いのちを支ささえたものがもう一ひとつあります。

混濁こんだくする意識いしきの中なかで久保田くぼたさんの記憶きおくに残のこっているのは、ICUのスタッフからの呼よびかけでした。