トキはかつて日本のほぼすべての地域で生息していましたが、乱獲などの影響で2003年に日本生まれのトキが絶滅し、新潟県佐渡市で中国から贈られたトキの人工繁殖と野外への放鳥の取り組みが進められてきました。
その結果、佐渡市での野生のトキの生息数は去年12月末時点の推定で576羽まで回復し、環境省はさらに生息数を増やすため、佐渡市以外で定着させることを目指し、石川県の能登地域と島根県出雲市を新たな放鳥の候補地に選んで検討を重ねてきました。
14日に開かれた環境省の専門家会議では、石川県の能登地域について検討が行われ、能登地域の田んぼの調査でトキのエサとなるカエルやタニシなどの生き物が多く生息していることが確認されたことや、地元では能登半島地震からの復興のシンボルになることを期待する声があることなどが報告されました。
その上で、来年6月ごろに本州では初めて能登地域でトキを放鳥する方針が示され、了承されました。
方法については、1度に15から20羽ほどを複数年にわたって放鳥し、仮設のケージで一定期間ならしたあとみずから飛び立つのを待つ「ソフトリリース」方式で行うことを原則とするとしています。
また放鳥後の生息状況を確認するため地域住民からトキの目撃情報を集める専用サイトなども設置するということです。
能登地域の具体的な放鳥場所についてはことし7月ごろまでに決定されるということです。
トキの野生復帰めぐる経緯は
「ニッポニア・ニッポン」の学名を持つトキは江戸時代には北海道から九州まで日本のほぼ全域で生息していました。
しかし、明治以降、羽毛を取るために乱獲されたり、農薬の多用によってエサとなる生き物が減ったりしたことで数が激減し、1952年に国の特別天然記念物に指定されました。
国は最後に生息が確認されていた石川県能登地域や新潟県佐渡市で野生のトキを捕獲し、繁殖を目指しましたが、2003年に最後の1羽が死に、日本生まれのトキは絶滅しました。
その後、中国から贈られたトキの人工繁殖に成功し、佐渡市で繁殖と野生復帰のための放鳥が進められてきました。
環境省によりますと、佐渡市での野生のトキの生息数は去年12月末時点の推定で576羽まで回復し、佐渡市から本州に渡ったトキも確認されましたが、本州で定着するには至っていないということです。
佐渡市で生息できるトキは島の面積が限られるため、およそ640羽程度と予測されているほか、佐渡市だけで定着が進んでも病気が広がるなどして一気に数が減ってしまうおそれがあることなどから、環境省は2021年に方針を変更し本州でも放鳥を行うことを決めました。
そして2022年、広い水田や森林があって、過去にトキが生息し、環境整備や住民の理解促進に取り組んでいることを理由に石川県の能登地域と島根県出雲市の2か所を放鳥の候補地に選びました。
放鳥の候補地などほかにも
能登地域では候補地に選ばれたことを受けて、「モデル地区」を設けてトキのエサとなる生き物を増やすための田んぼの環境整備を行うといった取り組みを進めてきました。
去年1月の能登半島地震のあと多くの田んぼに地割れなどの被害が出ましたが、石川県は地元で復興のシンボルとしてトキの放鳥を実現したいという声があるとして復興計画で放鳥の実現を創造的復興の象徴的プロジェクトとして位置づけました。
一方、島根県出雲市は2027年度の放鳥の実現を目指しているということです。
また放鳥はしないものの飛来したトキが生息できる環境整備を進める地域として秋田県にかほ市、宮城県登米市、それに栃木県小山市とその周辺自治体が選ばれています。
環境省はトキの生息数を1000羽以上にするため、2035年ごろまでに佐渡市以外でも定着させたいとしています。
専門家会議座長「メモリアルな決定 新たなスタートに」
環境省の専門家会議で座長を務める山階鳥類研究所の尾崎清明副所長は本州で初めて放鳥する意義について「能登地域で本州で最後の野生のトキが繁殖のために捕獲されて佐渡に送られて以来、50年以上ぶりにトキが見られるようになるというメモリアルな決定だ。空白期間が長い分、環境や人々の意識も変化しているので色々な苦労もあると思うが、来年の放鳥が新たなスタートになってほしい。佐渡ではトキの数が増えたことで密度が高くなり、他の地域にも広げないと日本のトキの数は頭打ちになってしまうので、こういった動きが広がってほしい」と話していました。
その上で「トキが野生に戻る際に問題となるのは食べ物や繁殖場所だが、能登地域のポテンシャルは十分あるということは確認できた。能登半島地震や豪雨の影響で水田やそこで働く人が減少するなど、難しい問題もあると思うが、復興のシンボルとして期待している人も多いと思うので、期待に応える形で順調に増えていってほしい」と話していました。
また今後の課題については「本州では、イノシシによる農作物の被害防止のための電気柵や、天敵となり得る猛きん類など佐渡とは違う環境があるが、トキが野生に戻っていくなかでそれらにきちんと順応し、ヒナを増やしていくことが重要だ。また、放鳥の準備やその後のモニタリングにあたりどこかが中心になって進めることや学問的なバックアップの体制づくりも必要だと思う」と指摘しました。
会議委員「佐渡との行き来可能な距離 決め手に」
環境省の専門家会議の委員で佐渡市でトキの生態調査を行ってきた、新潟大学佐渡自然共生科学センターのセンター長、永田尚志教授は本州で放鳥する目的について「佐渡市では環境省が目標とする1000羽以上のトキは生息できないと予想されているため、ほかに住める場所を確保する必要がある。複数の場所で生息していれば災害や病気で絶滅するリスクも低くすることができる」と指摘しています。
また、放鳥場所に能登地域が選ばれた理由については、佐渡との行き来可能な距離が決め手になったとしています。
環境省によりますと、これまでも佐渡市で放鳥されたトキが本州に渡り、輪島市などに飛来した事例があります。
一方で、本州にいるアライグマなどの動物がトキにどのような影響を与えるか注視する必要があると指摘しています。
保護活動取り組んだ男性「続けてよかった」
石川県羽咋市に住む村本義雄さん(99)は、70年以上にわたりトキの保護活動に取り組んできました。
村本さんは「いままで保護活動を続けてきてよかった。どこに巣を作って何羽ヒナがかえるか、繁殖の状況を見たいです。うれしいニュースで、いよいよ本物になったという気持ちだ」と喜びを語りました。
一方、ことしのように積雪が多いと田んぼにいるドジョウなどのエサが捕れず、トキがほかの地域へ離れていく可能性があるということで「雪のある冬場にも餌場となる環境を早急に作る必要がある」と訴えました。
また、村本さんは3年前、自宅の敷地内にトキの生態についての資料館をオープンしていて「未来のトキを守っていく子どもたちにトキについて学んでもらう活動を続けていきたい」と話していました。
佐渡とき保護会「本州での放鳥 動きだした」
佐渡市で2008年に行われた初放鳥からモニタリング調査に関わっている「佐渡とき保護会」の土屋正起会長は「本州での放鳥に向けて、本格的に動きだしたという思いだ。いずれは本州の空をたくさんのトキが飛んでほしいが、本州で生息数を増やしていていけるか不安もある」と話していました。