「緑膿菌」は免疫の低下した人に感染すると慢性的な肺感染症や、敗血症などを起こす細菌で抗菌薬が効きにくい「耐性菌」が存在するため、対策が課題となっています。
この菌は「バイオフィルム」と呼ばれる密集した塊になり、酸素が不足した状態になると、活動が不活発になるとともに薬への耐性を持つことが知られていましたが、どの程度活動が低下すると耐性を獲得するのかは詳しく分かっていませんでした。
日本の物質・材料研究機構やアメリカのカリフォルニア工科大学の研究チームは、緑膿菌がエネルギーを消費する際の微弱な電気の変化を精密に計測できる新たな装置を開発し、細菌の活動レベルを詳しく評価することに成功したと発表しました。
「バイオフィルム」の状態を再現するため、窒素ガスで満たした装置の中で緑膿菌の活動レベルを調べたところ、エネルギーの消費が通常の1000分の1以下となり生命活動の大部分が止まっていることが分かりました。
この状態では活動している細菌に作用する多くの抗菌薬が効かなくなっていた一方で、細菌の周りにある「細胞膜」に作用するタイプの抗菌薬は効果を示したということです。
抗菌薬が効かない「耐性菌」への対策は世界的な課題になっていて、物質・材料研究機構の岡本章玄グループリーダーは「細菌がどのような状態になると抗菌薬が効かなくなるのか詳しく調べられるようになることで新しい抗菌薬開発の方向性が見えてくるのではないか」と話しています。
論文の共著者「夢見てきたことを実現することできた」
今回の研究成果に関する論文の共著者で、カリフォルニア工科大学のダイアン・ニューマン教授は「私が知るかぎり、あらゆる生物について非常に低い生命活動の状態を実験的に測ることができたのは今回が初めてです。岡本博士のチームが開発した技術を用いることで、15年間も夢見てきたことを実現することができました」と話し、日本の研究チームの貢献を高く評価しています。
そして今後について「私たちはまだほんの入り口の部分しか理解しておらず、解明すべきことはまだたくさんあります。岡本博士のチームと協力して、増殖を停止した状態の細菌が生命活動を維持するメカニズムの理解を深められることにわくわくしています」と話していました。
薬剤耐性菌 2050年までにがんの死者数上回る可能性も
WHO=世界保健機関の発表では、2019年の1年間に薬剤耐性菌が原因の感染症で亡くなった人の数は全世界で100万人を超えていると推計されています。
イギリスの報告書では十分な対策が行われない場合、2050年までに全世界で毎年1000万人が薬剤耐性菌による感染症で死亡し、がんで亡くなる人の数を上回る可能性があるとされていて、対策が課題となっています。
薬剤耐性菌に詳しい群馬大学の久留島潤 准教授によりますと、緑膿菌は水回りや土の中など生活環境に広く存在し、通常は病気を引き起こす能力は低いため健康な人が感染することはまれですが、薬剤耐性を持つことがあり、免疫機能が低下した人が感染すると、肺の感染症や敗血症を起こすことがあります。
病院内などで起きるいわゆる「院内感染症」の原因の1つとしても知られ、入院中に感染して死亡につながるケースもあることから先進国を中心に問題になっているということです。
専門家“治療薬や方法の発見につながる”
久留島 准教授によりますと、細菌は、突然変異などで遺伝的に薬剤に適応することに加えて、「バイオフィルム」と呼ばれる密集した状態になると薬剤への耐性を示すことが知られていますが、従来の研究手法ではこの状態の細胞を調べることは難しく、これまで十分に理解が進んでいなかったといいます。
今回の研究は物質・材料研究機構の研究チームが開発した新たな実験装置を使い、人工的に作り出した「バイオフィルム」の状態でエネルギーの消費を精密に測定できるようになったことが突破口となっていて、久留島 准教授は「生物学を専門としている研究者だけではこれまで手が届かなかったが、化学や物理、工学領域の成果というものがブレークスルーにつながった好事例だと思います」と話しています。
そのうえで、「今回の研究成果によって薬剤耐性や病気の発症メカニズムが理解でき、それによって治療薬や治療方法の発見につながると考えています」と話していました。