犯罪者の
責任の
追及は、
基本的には
各国の
裁判所で
行われます。
ところが冷戦終結後、旧ユーゴスラビアやアフリカのルワンダでの集団虐殺などをきっかけとして、関係国で捜査や訴追が行えない場合に、代わりに責任を追及する常設の組織が求められました。
その結果、国際刑事裁判所が誕生しました。
国際社会における法の支配の「最後のとりで」とも呼ばれています。
管轄する犯罪は
▽民族などの集団に破壊する意図を持って危害を加える「集団殺害犯罪」いわゆる「ジェノサイド」
▽一般市民への組織的な殺人や拷問などの「人道に対する犯罪」
▽戦場での民間人の保護や捕虜の扱いなどを定めた国際人道法に違反する「戦争犯罪」などです。
今回話を聞いた尾崎さんは、2010年から2019年まで、この国際刑事裁判所で裁判官として、戦争・紛争に関係するさまざまな犯罪と向き合ってきました。
今回の軍事侵攻の被害を見た印象は?
(
以下、
尾崎さんインタビュー)
おそらく「戦争犯罪」に該当するだろうというものが行われている可能性が非常に高いです。
映像から見る限り、あるいは報道によると、あきらかに非戦闘員、文民が武器を持っていない、戦っていない状態で殺害されています。
しかもそれが複数、かなりの人数いるようです。
もちろん1人を殺害しても「戦争犯罪」にあたるのですが、これがかなりの人数ということになると「人道に対する犯罪」にもあたるということになります。
それ以外にも報道によりますと、病院のようなところへの攻撃であるとか、あるいは身体の切断のような残虐行為、そういったものも報道されていますので、そうであるとすれば「戦争犯罪」とか「人道に対する犯罪」に該当する可能性は極めて高いと思います。
非戦闘員の殺害というのは、明確に「戦争犯罪」にあたりますし、あとは軍事目標ではないもの、特に病院を、たまたま間違ってということではなくて、意図的に攻撃するというのも明確な「戦争犯罪」に該当すると思います。
これまで裁判官として見てきた現場との違いは?
私が
実際に
携わってきた
裁判における「
戦争犯罪」、「
人道に対する犯罪」というのは、
実際の
裁判より7~8
年前や、
あるいはそれ以上前に
起きた
事件についての
裁判で、
証拠を
掘り起こすのも
非常に
大変だったという
事例が
ほとんどでした。
今回は、犯罪が行われてすぐにいろんな証拠が出てきて、いろいろな実態が分かってきていますが、全体の規模はまだ分かっていません。
いま報道されている数字だけで終わらず、今後もっと広がり、現状以上に悲惨な事態となる可能性もありますので、これは何とも比べられません。
ただ、強いて比べるとすると、旧ユーゴスラビアのボスニア・ヘルツェゴビナのスレブレニツァで、5000人以上の人が殺され、「ジェノサイド」と認定された非常に有名な事件があります。
少しそれを思い出しました。
このときも
比較的早く
捜査官が
現場に
入ったということで
立件につながったということがあったと
思います。
おそらく、今後またいろいろな困難が出てくるかもしれませんが、10年前に起きた事件とはまったく違うので、そこは証拠の収集、証拠の保全という観点からは、捜査が行いやすい事件になるのではないかと思います。
プーチン大統領の訴追は?
これは
なかなか難しいと
思います。
もちろん現地の軍司令官レベルまでは訴追は可能だと思います。
プーチン大統領に関しては、どの程度知っていたかとか、例えば明確に指示していたというようなことがわかれば、訴追は可能だと思います。
けれども、どういう形で責任があるのかというところは、かなりきちんと捜査を遂げなければいけない話だと思います。
実際に
指示したというのはもちろん
一番強いんですけれども、
それ以外にも
例えば「
上官責任の
法理」というのが
国際刑事法にはありまして、
責任あるリーダーが、
部下が
犯罪を
行っていることを
知りながら
何もしなかったいうような
責任の
とり方もありますので、それは
今後の
捜査次第だと
思います。
ただ、仮に訴追できるだろうという心証が得られたとしても身柄の確保というのは非常に難しいです。
逮捕しなければ、裁判が始まりません。
ロシアは国際刑事裁判所の規程の締約国ではないので、プーチン大統領の身柄を、ロシア側から引き渡すということはまず考えられませんので、どうやって身柄を確保するかということになると思います。
そこはいちばんの難点ではないでしょうか。
停戦交渉に与える可能性は?
停戦に対する国際的圧力は
当然高まると
思いますので、
それをロシアが
どう受け止めるかということだと
思います。
他方で、例えば、停戦や和平の条件として、こういった戦争犯罪の訴追を行わないことをロシア側が求めてくることはあり得ると思います。
それに対してどうやって対応していくかは、なかなか難しいと思いますが、やはりウクライナだけではなくて、ほかの国際社会全体がしっかりと見ていくということが必要になると思います。
国際刑事裁判所にとってウクライナで起きていることの重要性は?
これは
国際刑事裁判所にとって
非常に
大きな試金石に
なるような
事件だと
思います。
もちろん国際刑事裁判所が今後、国際社会からきちんと信頼される裁判所になっていけるのかどうか、信頼が問われるのと同時に、国際社会自体が、国際刑事裁判所を使ってこういった悲惨な事態にしっかりと対応していける、そういう国際社会であるのか、それともそうじゃない国際社会になってしまうのかということが問われる事案だと思います。
(以上、尾崎さんインタビュー 4月4日に行われました)
国際刑事裁判所の捜査はいま
国際刑事裁判所は、3
月2
日、ウクライナ
国内で
行われた
疑いの
ある「
戦争犯罪」や「
人道に対する犯罪」について、
捜査を
始めると
発表。
担当のカーン主任検察官は4月13日には、ロシア軍の撤退後、多くの市民が殺害されているのが見つかったブチャを訪れたほか、首都キーウも訪れてウクライナのベネディクトワ検事総長と会談するなど、本格的な捜査に乗り出す姿勢を示しました。
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