1日は、検討会のもとに設置された調査部会が開かれ、南海トラフの震源域で通常とは異なる変化が起きた場合に、どのような評価や伝え方が可能かなどを盛り込んだ報告書の骨子案を取りまとめました。
それによりますと、現状では、巨大地震の発生時期や規模を正確に予測するのは困難だと改めて指摘したうえで、通常と異なる変化について4つの具体的なケースをあげて評価などを検討しました。
このうち、震源域の一部だけがずれ動いた場合や、マグニチュード7クラスの規模の大きな地震が震源域で発生した場合には、過去の統計的なデータなどから、1週間から2週間程度、特に最初の3日間は、周辺で巨大地震が発生する可能性が高まっているなどと言えるのではないかとしています。
一方、東海地震の判定基準で想定されている、震源域のプレート境界が地震前に大きくずれ動く「前兆すべり」のような現象が観測された場合については、地震の危険性はふだんよりは高まっていると考えられるものの、過去に観測された事例がないため、現状では具体的な評価はできず、さらに検討が必要だとしました。
検討会では報告書の骨子案を踏まえ、これまでの東海地震の予知を前提とした仕組みを含めて、防災対策の見直しや、新たな情報の在り方などについて今後、具体的な議論が行われる見通しです。
4つのケースとは
検討会に設置された調査部会では想定される南海トラフの巨大地震の震源域で通常と異なる変化が観測された場合について、4つの具体的な事例をあげ、どのような評価や伝え方が可能かを検討しました。
(ケース1)
1つ目は、南海トラフの震源域の一部だけがずれ動いた場合です。南海トラフでは、震源域の一部がずれ動いてマグニチュード8クラスの巨大地震が起きたあとに、隣接する領域で巨大地震がたびたび起きています。
このうち、昭和19年の「昭和東南海地震」が発生した2年後には、その西側の領域で、「昭和南海地震」が、1854年には「安政東海地震」が発生した32時間後に、その西側の領域で「安政南海地震」がそれぞれ発生しています。
調査部会は、世界各地の地震の統計からも、同様の現象が数多く観測されているとしたうえで「今後1週間から2週間程度、特に最初の3日間は隣接する領域を震源域とする巨大地震が発生する可能性が高いと指摘できるのではないか」としています。
(ケース2)
2つ目のケースは、南海トラフの震源域で、想定よりも規模の小さい、マグニチュード7クラスの地震が発生した場合です。
南海トラフでは、巨大地震が発生する前に、マグニチュード7クラスの地震が観測された記録はありませんが、5年前の東北沖の巨大地震では、2日前に震源の近くで、マグニチュード7.3の地震が発生しています。
骨子案では世界全体で見ると、マグニチュード7クラスの地震のあと、3年以内にさらに規模の大きな地震が発生した事例は全体の4%程度にあたる52例あり、このうち22例は3日以内に規模の大きな地震が発生しているとしたうえで、「1週間から2週間程度、特に最初の3日間は発生の可能性が高いと指摘できるのではないか」としています。
ただ、いずれのケースでも、巨大地震が起きないことも十分に考えられ、その場合に、観測データなどをもとにどのような評価をして情報として伝えていくか、検討する必要があると指摘しています。
(ケース3)
3つ目のケースは、南海トラフの震源域で、地下水の水位の変化や、震源域のプレート境界が長期間にわたってゆっくりとずれ動く変化など、5年前の巨大地震の前に見られたような、通常とは異なる現象が複数観測された場合です。
これについて骨子案は、巨大地震の発生とどのような関連があるか、科学的な検証が十分ではなく、「直ちに巨大地震が発生するかしないかを判断することはできない」としたうえで、さらに比較的規模の大きな地震が発生したり、すべりが拡大したりしないかなど、その後の変化を注意深く監視する必要があるとしています。
(ケース4)
4つ目のケースは、東海地震の判定基準で想定されている、地震前に震源域のプレート境界が大きくずれ動く「前兆すべり」のような現象が観測された場合です。
これについて骨子案では、巨大地震が発生する危険性はふだんよりは相対的に高まっているものの、これまでに観測された例がないため、危険性がどれだけ高まっているかや、いつまでに巨大地震が起きるかなど、具体的な評価はできないとしています。
そのうえで、いずれのケースについても現象を適切に観測し、何が起きているのかをリアルタイムに解析することが重要だとして、内陸を含めた南海トラフ全域で観測態勢を強化するとともに、観測されたデータや解析結果を即時に公開していくことが重要だと指摘しています。
予測調査部会の検討の経緯
国はこれまで東海地震については、いつどこで、どれくらいの規模の地震が起きるかを事前に特定する「地震予知」の可能性が唯一ある地震だとしてきました。
その根拠としてきたのは、巨大地震が起こる前に、地盤がゆっくりとずれ動く「前兆すべり」と呼ばれる現象が捉えられる可能性があるとする理論です。
このため気象庁は、ごくわずかな地盤の変化を観測することができる「ひずみ計」と呼ばれる観測機器を静岡県などの27か所に設置して、24時間態勢で監視を続けています。
しかし、想定していなかった5年前の東北沖の巨大地震をきっかけに、内閣府は南海トラフでの巨大地震の想定を見直し、最大クラスを想定するとともに、これまでの予知や予測の在り方について専門家による検討会で議論を行いました。
3年前に取りまとめられた報告書では、直前の地盤の変化を捉えられないまま、巨大地震が発生する可能性があることや、変化を捉えられたとしても地震が発生しないことがあり得るとしたうえで、「現在の科学的知見から南海トラフで起きる地震の規模や発生時期を高い確度で予測することは一般的に困難である」という見解をまとめました。
そのうえで、従来の地盤変動の観測や、GPS観測などで地殻変動の変化が捉えられた場合には、「不確実ではあるが地震が発生する危険性がふだんより高まっている状態にあるとみなすことはできる」としています。
このため国はことし9月に、南海トラフの巨大地震の防災対策の在り方を議論する検討会を設置しました。
1日開かれた調査部会はこの検討会の中に設けられ、3年前に報告書を取りまとめた委員たちが、通常と異なる地震活動やプレートの動きが観測された場合に、どのような評価が可能か科学的な知見から検討を進めていました。
今回の報告書の骨子案は、今後開かれる南海トラフの巨大地震の防災の在り方を議論する検討会に提出され、これまでの東海地震の予知を前提とした仕組みを含めて、防災対策の見直しや、新たな情報の在り方などについて改めて議論が行われる予定です。
調査部会の座長は
調査部会の座長を務めた名古屋大学大学院の山岡耕春教授は「今回の骨子案では、南海トラフの震源域で起きる現象について、現在の科学でどこまで評価できるか議論を行い、科学でわかる部分と、わからない部分をかなりはっきりすることができたのではないか。今後の検討会では、今回示した評価を被害の軽減に役立てるために、どのように社会に伝えいくかなどを議論し、研究者と住民、行政それぞれが納得する形で決めていくことが重要だ」と話しています。