昔、阿波の徳島の呉服屋にお千代という年頃の一人娘がいた。お千代は「おさん」という変わった顔をした子犬を飼っていた。その隣の染物屋に与七という跡取り息子がいた。与七はお千代を好いていた。
その年は60年に一度のお伊勢さんのおかげ参りの年だった。お千代は御札が欲しくて与七をおかげ参りに誘った。こうして与七、お千代、おさんの三人でおかげ参りに出かけることになった。お千代とおさんは物珍しくて旅を楽しんでいたが、与七は歩くのも犬も嫌いだったので憂鬱だった。
そのうち旅で浮かれたお千代は、色々な物を食べすぎてしまい、お腹をこわしてしまった。旅がつづけられなくなったお千代は、「このかんざしを私と思ってお参りに行ってちょうだい」と与七に頼んだ。与七は行きたくなかったが、おさんに嗾けられて大阪へ、そして伊勢へ向かった。
途中で与七は野良犬の群れに襲われそうになったが、そこにおさんが現れた。するとおさんの顔があまりに可笑しかったのか、野良犬の群れはおさんを見て笑い出した。そして驚いたことに、野良犬の群れはおさんに付き従うようになったのだ。野良犬の群れは与七の乗った荷台を押し、おさんを先頭にお伊勢さんに到着した。
子犬が野良犬を従えるのを見たおかげ参りの人々は驚き、これもお伊勢さんのおかげじゃと囃した。
与七は無事おかげ参りをすませ、お伊勢さんの御札を手に入れた。国に帰った与七はお千代と夫婦になり、店も一緒にして商売は大繁盛した。これもひとえにおさんのおかげじゃという話じゃ。