この事件は平成19年11月、タイ北部の観光地スコータイ遺跡の寺院の近くで観光に来ていた大阪の川下智子さん(27)が刃物で首を刺されて殺害されたものです。
その後の捜査で、現場近くの農場で働いていたタイ人の男が「外国人を殺害した」などと話していたという情報が寄せられましたが、男はすでに9年前に死亡し、火葬されていたことから、タイの捜査当局は、男の姉など親族のDNAを採取し、鑑定を進めてきました。
その結果について、タイのソムサック法相は20日、首都バンコクで会見を開き、親族のDNAの型が、女性の衣服から検出されたDNAの型と一部で一致したことを明らかにしました。
ただこの鑑定結果だけでは、男を犯人と特定するまでには至らなかったとして、別の方法でDNA鑑定を行うなどして、捜査を継続する方針を強調しました。
一方、複数の捜査関係者はNHKの取材に対し、今回の鑑定に使われたDNAが男本人のものではないことから、DNA鑑定だけでは、犯人を特定するのは難しいという見方を示しています。
この未解決事件をめぐっては、遺族がたびたびタイを訪れ、タイ政府関係者に事件の早期解決を要請してきました。
主役を演じる劇団員 東南アジアへの旅行好き
川下智子さんは大阪市の小さな劇団で主役を演じるなど劇団員として活動していました。東南アジアへの旅行が好きだった智子さんは、27歳だった平成19年、1人で半月かけてタイを旅していました。
そしてタイの有数の観光地、スコータイで荷物を宿泊施設に預けて市内観光に出かけたあと、スコータイの遺跡にある寺院の近くで、首から血を流して亡くなっているのが見つかりました。
現場には抵抗したようなあとがあり智子さんのデジタルカメラがなくなっていたことから現地の警察は強盗殺人事件として捜査していました。
タイ法務省の特別捜査局が捜査
この事件をめぐっては当初、地元の警察による捜査が進められてきましたが、有力な手がかりが得られなかったため、6年前から、重要事件を扱うタイ法務省の特別捜査局が捜査に乗り出し、タイ政府としても、外国人が巻き込まれた事件として重視する姿勢を示してきました。
捜査当局は、犯人特定に結び付く情報の提供を呼びかけるため、懸賞金を設け、ことし1月には、金額を日本円でおよそ700万円に引き上げました。
これまでの調べによりますと、殺害された川下さんは、当時、世界遺産に登録されているタイ北部の観光地、スコータイ遺跡の寺院の近くを1人で旅行に訪れていました。
現地では、タイの伝統的な灯ろう流し「ロイクラトーン」が行われていたということです。川下さんは、宿泊施設を訪れましたが、満室だったため、荷物を預けて観光に出かけ、その際、事件に巻き込まれたと見られるということです。
遺体が見つかった現場の近くには、川下さんが借りていた自転車が放置されていましたが、パスポートやカメラ、財布は見つかっていません。
事件発生から今月で12年となりますが、遺族はたびたびタイを訪れ、捜査当局から捜査の進捗状況などについて説明を受けるとともに、事件の早期解決を訴えてきました。
父親 康明さん 事件の早期解決を訴え続ける
川下智子さんの父親の康明さん(71)は事件のあと、毎年のようにタイに足を運び、事件の早期解決を訴え続けてきました。
康明さんは現地の警察を訪れては捜査の進展具合を確認したり、少しでも手がかりが得られないかと智子さんの目撃情報などを現地で聞いて回ったこともありました。
ことしも1月にタイを訪れてプラジン副首相と面会し、再度、捜査を尽くすよう求めるとともにタイでは20年となっている殺人事件の時効の撤廃を要望しました。
「捜査尽くすようお願いしたい」
康明さんは「これまでの捜査が実り、一定の前進があったと思いますがまだ解決には至らず、複雑な気持ちです。今後もタイの捜査当局へは捜査を尽くすようお願いしたい」と話しています。
そしてまもなく事件から13年となることや事件後、毎年のようにタイを訪れて早期の解決を訴えてきたことについて触れ「最近は、ふと本当に娘が亡くなったのかなと思うときもありますが、このタイミングで今回の発表があったことは事件を忘れず、捜査を前進させたいという気持ちが通じたのではと思っています。これまで私や家族だけでなく、娘の劇団の仲間の応援も借りながら事件が風化しないよう訴えてきました。今後も体力の続くかぎり、現地を訪問して要請していきたい」と話しています。