外国人の被爆者の語り部として活動するイさんはこれまでに世界各地を訪れ、人種や国籍を越えて被害がもたらされる核兵器のおそろしさや、その廃絶に向けて世界中の市民が連帯することの重要性を訴え続けてきました。
イさんの語り部としての原点は10年前にNGOの活動に参加し、ウクライナを含む各国を訪れて被爆体験を語ったこと。ウクライナ北部のチョルノービリ原子力発電所(ロシア語でチェルノブイリ原子力発電所)も訪れ、事故から30年近くがたってもなお、周辺の放射能汚染が続く深刻な現状を目の当たりにしました。
そのウクライナに対し、核兵器の使用も辞さない構えを見せるプーチン大統領。
一方、今月21日からは核兵器の開発や保有、使用などを禁止する核兵器禁止条約の初めての締約国会議がオーストリアで開かれる予定で、核兵器をめぐる議論は国内外で活発化しています。
核兵器の廃絶と平和を世界に訴えてきたイさんに、そんな今だからこそ伝えたい思いを聞きました。
(聞き手:社会部 周英煥)
(イさん) ウクライナの街並みは本当にきれいだったことを覚えているので、その街が攻撃されたと聞いてとにかく驚きました。訪れたことのある場所だけに受け止め方が全然違います。
戦争は悲惨です。先の大戦では召集されれば家族は軍歌を歌って見送り、帰る時は駅まで遺骨を迎えに行く。そんなことが繰り返されてきました。 そしていちばんの犠牲になるのは子どもや高齢者です。 今回の軍事侵攻の真意は私には読み取れませんが、どうしてこんなことをしなければならないのでしょうか。
(イさん) チョルノービリ原発の周辺は事故から30年近くがたっても広い範囲に放射線の影響が残っていました。当然、人は住めないですし、現地のガイドからは落ちている枝1本も持ち帰ってはならないと告げられました。そうした状況を現場で見聞きして私は放射線のおそろしさ、人間にどれだけの害を及ぼすのかということを改めて痛感しました。 今も原発内部の放射性物質は処理し切れておらず、もし攻撃されるようなことがあれば被害を食い止めることは困難だと思います。 原発事故では多くの人が避難を余儀なくされましたが、もし侵攻によって再び被害が出れば周辺の住民たちはどこに抗議をすればよいのでしょう。どこに助けを求めればよいのでしょう。原発を攻撃対象に含めるなどあってはならないことで、何度考えても腹立たしく感じます。 私たちが声を上げても侵攻がすぐに終わるわけではありませんが、声が届くまで抗議し続けなければなりません。私たち一人一人がこのような悲惨な状況を見て、戦争はやめなければならないという気持ちを強く持つ必要があると思います。
(イさん) びっくりしましたよ。本当に核兵器を使うのか。使ったら地球が終わってしまう。私はそう思いました。二度と使ってはいけません。
私は当時16歳でしたが、黒く焦げた遺体や「水をください、助けてください」と言いながらこちらをじっと見つめる人たちの姿を目の当たりにし、あまりの悲惨さに「地獄というものがあるならそれは今この場所のことだ」と思いました。 ロシアがもしウクライナで核兵器を使えば周辺の国々も黙っているわけにはいかず、さらに悲惨な状況になることは間違いないと思います。 プーチン大統領には私たち広島の被爆者の声をぜひ聞いてほしい。私は声が出るかぎり、足が動くかぎり証言を続けたいと思いこれまでやってきました。もし生きているうちにプーチン大統領が広島を訪れることがあれば、私が原爆について証言します。
(イさん) 絶対にだめです。核兵器があるから平和が保たれるとは思いません。今回のウクライナの情勢を見て平和がどれほど大切か、そして戦争がどれほど悲惨なものか世界中の人たちが実感したと思います。 今、各国が保有している核兵器はもちろん使ってはならないし、一刻も早く廃棄しなければなりません。必要なのは軍拡ではなく平和です。 各国のリーダーは今こそ、コミュニケーションをとらなければならないと思います。平和を実現するため、戦争をなくすため、そして核兵器を廃絶するため、国連に集まってしっかり話し合ってほしい。
※「核兵器禁止条約」 国際法上、核兵器を初めて違法と位置づけ使用や開発、保有などを禁止する条約。去年1月22日に国際条約として発効し、現在62の国と地域が批准している。アメリカやロシア、中国など核兵器の保有国と日本は参加していない。
やはり日本は世界で唯一の戦争被爆国です。それをかみしめたうえで日本がイニシアチブをとり「世界から核兵器を廃絶する」というメッセージを発信していかなければならない。そのためには日本も締約国会議にオブザーバーとして参加し、今後、署名もしなければならないと思います。 この条約は被爆者にとっての悲願であり、特別な意味を持ちます。 参加して初めて日本も核兵器の廃絶に賛成したと言えるのではないでしょうか。これは大事なことです。 しかし日本は今回、オブザーバーとして参加しないと表明しました。 アメリカなどほかの国々との関係を考えてのことでしょうが、唯一の戦争被爆国が参加しないというのはやはりどう考えてもふに落ちませんし本当に残念です。 このままの状態では戦争被爆国として世界に「核兵器をなくしましょう」とは言えません。日本の立場から世界に発信しなければならないことはたくさんあるはずです。
「核兵器の廃絶のためには、世界から戦争そのものをなくさなければならない。そして戦争をしないためには、お互いの国の市民どうしが差別をせず、争わず、連帯していくことこそがその第一歩になる。すべての命は平等であり大切にされるべきだという意識を一人一人に持ってほしい」 そう力強く語っていました。
(イさん) 今こそ本当に大事なことだと思っています。差別によって個人どうしの問題が起きるし、ひいては国と国の問題にもつながります。これをなくすことで人間どうしの融和や平和が実現されると思うんです。 核兵器の問題も取り沙汰されている今こそ、世界中の市民が連帯し「戦争をしてはならない」というムードを作っていかなければならない時だと思います。 それともう核兵器の「か」の字も言わないことです。絶対に。
「なぜ罪のない人々を殺害するのか…」
「原発が攻撃対象 あってはならない」
「核兵器を使ったら地球が終わってしまう」
「核兵器があるから平和が保たれるとは思いません」
「参加しないのは本当に残念」 核兵器禁止条約 初の締約国会議
「命の平等と無差別」 世界へのメッセージ
「『戦争をしてはならない』 今こそムードを作らなければ」
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