昔、安芸の国に和泉屋さんという大きな店があった。この店には、歌にもうたわれたお菊という美しい娘がいた。その和泉屋さんには、先祖からつたわる立派な内裏びながあって、ある時この内裏びなを売りに出す話があったが、お菊が泣いて残してくれといったので、取りやめになったのだった。
ある時、岩国の白銀屋から、お菊を息子の孫三郎の嫁にしたいと申し出があり、和泉屋さんもこれを受け入れた。お菊は父親に頼み、内裏びなを持って嫁入りをした。お菊が来てからというもの、白銀屋は今まで以上に賑わうようになった。
ところが、あれほど元気だったお菊が、ふとしたことから病気になり、あっという間に死んでしまった。悲しみにくれる孫三郎は、お菊の嫁入り道具を里に返すことにした。内裏びなをどうするかで迷ったが、結局残すことになった。だが、孫三郎は、お菊が大事にしていた内裏びなを見るたびに悲しくなるので、ひな人形を、生前、お菊を可愛がってくれた長谷屋さんのお婆さんに貰ってもらうことにした。
長谷屋さんのお婆さんは、お菊に話しかけるようにひな人形の相手をした。それから、長谷屋さんの店では不思議なことがおこるようになった。主人の商が間違っていると、内裏びなが悲しそうな顔をし、正しい商をすると、明るい顔になった。こうして長谷屋さんは繁盛した。
そんなおり、長谷屋さんのお婆さんは内裏びなを持って孫三郎を訪ねた。そしてこれまでの不思議な話をした。「この内裏びなには、お菊さんがのり移っているんじゃよ。」「そうかお菊、悲しんでばかりいるわしが悪かった・・・。」こうして気を取り直した孫三郎は、商に励み、内裏びなもその表情で、孫三郎を助け、商売は大繁盛した。
それからも内裏びなは、孫三郎の元で大事にされたそうだ。古い商家に伝わった、不思議な内裏びなの話だった。