海上保安庁によりますと、27日未明、北朝鮮の船舶の安全に関する業務を行う水路当局から、海上保安庁の海洋情報部に対しメールで、27日午前0時から来月4日の午前0時までの間に「人工衛星」を打ち上げると通報があったということです。
落下が予想されるとしているのは、いずれも日本の排他的経済水域=EEZの外側にある▽北朝鮮の南西側の黄海上の2か所、▽フィリピンの東側の太平洋上の1か所のあわせて3つの海域です。
海上保安庁は、この海域を対象に航行警報を出して、船舶に対し落下物に注意するよう呼びかけています。
海上保安庁によりますと、IMO=国際海事機関が定めたガイドラインでは、加盟国が航行の安全に影響を及ぼす軍事演習などを行う場合、あらかじめ通報する義務を課しているということです。
東アジア・西太平洋の海域は日本が調整国となっていて、海上保安庁が通報を受け、船舶に航行警報を出すことになっています。
去年11月も同じ海域を対象に通報
北朝鮮は、去年11月にも人工衛星の打ち上げを行っていて、今回と同じ海域を対象に通報を行っていました。
このときはおよそ10分後に沖縄本島と宮古島の間の上空を通過したとみられていて、政府はJアラート=全国瞬時警報システムやエムネット=緊急情報ネットワークシステムで、関連の情報を発信しました。
岸田首相 情報収集など指示
今回の北朝鮮による通報を受けて、岸田総理大臣は27日午前1時47分に
▽関係省庁間で協力して情報の収集・分析に万全を期し、国民に対して適切に情報提供を行うこと
▽アメリカや韓国など関係国と連携し、北朝鮮が発射を行わないよう強く中止を求めること
▽不測の事態に備え、万全の態勢をとることを指示しました。
政府は、総理大臣官邸に設置している北朝鮮情勢に関する官邸対策室で、情報の集約と分析を進めています。
関係省庁の担当者が集まり、これまでに入っている情報を集約するとともに、今後の対応を協議することにしています。
日米韓の高官が電話協議
また、外務省の鯰アジア大洋州局長は、アメリカ国務省のジュン・パク北朝鮮担当特別代表代行、韓国外務省のイ・ジュンイル北朝鮮核外交企画団長と27日未明、電話で協議しました。
3氏は、弾道ミサイル技術を使用した発射は、衛星の打ち上げを目的とするものであっても国連安全保障理事会決議の明白な違反だとして、北朝鮮に対し中止を求めていくことを確認しました。
そして抑止力・対処力の強化や、国連安保理での対応などについて引き続き緊密に連携していくことを確認しました。
一方、防衛省は、北朝鮮から弾道ミサイルの発射や人工衛星の打ち上げが行われ、日本の領域に万が一落下する事態に備え、自衛隊の迎撃ミサイルの部隊などを展開させています。
このうち東シナ海などの日本の近海では、弾道ミサイルなどを追尾することができる高性能レーダーと、迎撃ミサイルのSM3を搭載したイージス艦が展開して、24時間態勢で備えています。
また、地上配備型の迎撃ミサイル「PAC3」が那覇市と宮古島、石垣島、与那国島に展開しています。
日本上空を通過の可能性 Jアラートなどで情報発信
北朝鮮が打ち上げを予告した「人工衛星」とする物体が日本の上空を通過する可能性がある場合、政府はJアラート=全国瞬時警報システムなどで関連の情報を発信します。
打ち上げ直後のJアラートの呼びかけは「ミサイル発射。ミサイル発射。北朝鮮からミサイルが発射されたものとみられます。建物の中、または地下に避難して下さい」となる予定だということです。
呼びかけを「ミサイル発射」とすることについて、内閣官房は「衛星の打ち上げであっても弾道ミサイル技術を使用した発射であり、一刻も早く住民に注意喚起をする必要性は弾道ミサイルと変わりないため」としています。
“衛星” 軌道や性能は?
北朝鮮が去年、打ち上げに成功したと発表した軍事偵察衛星とされる物体は、日本の自衛隊基地やアメリカにある基地周辺などの上空を通過する軌道で地球を周回し、地上からの指令で高度などが制御されている可能性があることが専門家の分析で分かりました。
北朝鮮が去年11月に打ち上げに成功したと発表した軍事偵察衛星の「マルリギョン1号」について、宇宙の監視などを行っているアメリカ宇宙軍は、インターネット上で軌道などに関するデータを公開しています。
ことし3月上旬までのデータをもとに軌道などを分析した宇宙工学の専門家が、匿名を条件にNHKの取材に応じました。
専門家によりますと「マルリギョン1号」は日本や韓国、アメリカなど世界各地の上空を通過しながら地球を周回し、ほぼ5日ごとに同一地点の上空を通過するということです。
軌道の周辺には北海道の航空自衛隊千歳基地や山口県のアメリカ軍岩国基地のほか、ハワイのアメリカ軍基地や韓国南東部のプサンなどがあるということです。
また、打ち上げられた当初は高度490キロから510キロほどの高度で周回し、徐々に高度が下がっていましたが、ことしの2月下旬には少なくとも5回、高度が上がっていたということです。
専門家は「地上から指令を送って高度を修正したと考えるのが合理的で、一定のコントロール下にあるとみられる」と指摘しています。
元航空幕僚長「アメリカ軍基地の監視などを目標か」
北朝鮮が去年打ち上げに成功したと発表した軍事偵察衛星とされる物体の軌道について、航空自衛隊トップの航空幕僚長を務めた日本宇宙安全保障研究所の片岡晴彦副理事長は、「日本が保有している情報収集衛星とほぼ同じような軌道だ。搭載したカメラで地上を撮影する光学衛星で、アメリカ軍基地の監視などを目標にしているのではないか。ただ、画像の解像度がどの程度かや、撮影した画像が地上にきちんと送れているかは分析をしないと分からない」と指摘しています。
その上で、北朝鮮がことし軍事偵察衛星を追加で3基打ち上げる計画を明らかにしていることについて、「北朝鮮は相当な開発能力を手に入れつつあるので、おそらく光学衛星を計画どおりに打ち上げ、さらに来年度以降も増やしていくと思われる。光学衛星だと夜間や雲が出ていると見えないので、レーダーを搭載した衛星の打ち上げも含めて、北朝鮮の動向を見ていく必要がある」と話しています。
「人工衛星」打ち上げ予告は8回目
北朝鮮が「人工衛星」の打ち上げを予告したケースは、今回で8回目となります。
2009年が1回、2012年が2回、2016年が1回、2023年が3回です。
防衛省は去年の3回のうち、5月と8月については衛星の打ち上げを試みたものの失敗し、11月については何らかの物体が地球の周回軌道に投入されていることを確認したとしたうえで、衛星としての機能を果たしているか分析中だとしています。
一方、それ以前の4回については、いずれも人工衛星と称して発射した弾道ミサイルだったとしています。
過去の打ち上げ通報は
北朝鮮はこれまでも、北西部トンチャンリの「ソヘ衛星発射場」から「人工衛星」を打ち上げるのに先立って、予定している期間や時間帯、それに部品の落下海域などを、日本の海上保安庁や、IMO=国際海事機関などの国際機関に対し、事前に通報してきました。
2012年4月、打ち上げの28日前に「地球観測衛星『クァンミョンソン3号』を南に向けて打ち上げる」として、5日間の予定期間を明らかにしました。
これが失敗すると、同じ年の12月、打ち上げの11日前に「『クァンミョンソン3号』の2号機を打ち上げる」として、13日間の予定期間を設けました。
2016年2月には、打ち上げの5日前に「地球観測衛星『クァンミョンソン4号』を打ち上げる」と明らかにし、18日間の予定期間を通報していました。
一方、北朝鮮は、関係国が警戒を強める中で陽動作戦とも受け取れる動きも見せてきました。
2012年12月の打ち上げでは、予定期間に入る前日に「打ち上げ時期の調整を慎重に検討している」として先延ばしを示唆したのに続いて、「運搬ロケットのエンジンに欠陥が見つかった」として、期間の最終日を1週間延長。
発射台からロケットを取り外す動きも捉えられましたが、結局、予定期間に入って3日目に打ち上げました。
2016年2月には、予定期間に入る2日前になって期間の初日を1日前倒しした上で、すぐに打ち上げを強行しました。
そして、去年5月の軍事偵察衛星「マルリギョン1号」の1回目の打ち上げは、11日間の予定期間に入る前日に朝鮮労働党の幹部が談話で「6月に入ってまもなく行う」と明らかにしたものの、実際に試みたのは、予定期間の初日にあたる5月31日でした。
また、去年8月の2回目の打ち上げは7日間の予定期間の初日、まだ夜が明けていない午前4時前という異例の時間帯に実施されました。
前回は予告期間の前に打ち上げ
さらに、北朝鮮が初めて成功したと発表した去年11月のケースでは、予告期間に入る前に打ち上げが行われています。
このときは、11月22日の午前0時から12月1日の午前0時までの間に人工衛星を打ち上げると予告していました。
しかし、実際に打ち上げが行われたのは21日の午後10時43分ごろで、予告期間に入るおよそ1時間17分前でした。
これについて防衛省関係者は「天候の影響で早めに打ち上げた可能性がある」としています。
これ以外に北朝鮮が人工衛星の打ち上げを事前に予告したのは6回あり、いずれも予告期間の初日から3日目までに事実上の弾道ミサイルや、弾道ミサイル技術を用いたものを発射しています。
「ソヘ衛星発射場」とは
「ソヘ衛星発射場」は、北朝鮮北西部ピョンアン北道のトンチャンリにあり、北朝鮮はこの発射場で、2012年4月以降「人工衛星の打ち上げ」と称する事実上の長距離弾道ミサイルの発射を繰り返してきました。
敷地内には大型の固定式発射台や、エンジンの実験などを行う「連動試験場」、それに管制センターにあたる「総合指揮所」などが点在しています。
「ソヘ衛星発射場」をめぐっては、2018年6月に開かれた史上初の米朝首脳会談のあと、当時のアメリカのトランプ大統領が北朝鮮が取り壊しを約束したと述べたほか、同じ年の9月の南北首脳会談で発表された共同宣言では「関係国の専門家の立ち会いのもとで永久に廃棄する」とした項目が盛り込まれました。
しかしその後、米朝関係がこう着する中で廃棄は実現せず、おととし3月に「ソヘ衛星発射場」を視察したキム・ジョンウン(金正恩)総書記は、軍事偵察衛星などを「大型運搬ロケット」で打ち上げられるよう、施設の改修や拡張を指示しました。
そして、去年5月に従来の固定式発射台ではなく海沿いに整備された新たな発射台を使って、軍事偵察衛星「マルリギョン1号」の初めての打ち上げが試みられましたが、失敗しました。
その3か月後の去年8月、2回目の打ち上げも再び失敗に終わったものの、去年11月、キム総書記の立ち会いのもと行われた3回目の打ち上げでは、衛星を正確に軌道に進入させることに成功したと発表していました。
また、ことしは3基を追加で打ち上げる計画を示し、韓国軍関係者は先週24日、「ソヘ衛星発射場」があるトンチャンリ付近で軍事偵察衛星の打ち上げの準備と推定される状況が確認されていると明らかにしていました。
軍事偵察衛星 打ち上げのねらいは
北朝鮮のキム・ジョンウン総書記は、ことし中に追加で3基の軍事偵察衛星を打ち上げる計画を明らかにしていました。
北朝鮮が複数の軍事偵察衛星を必要だとする理由について、日本や韓国の専門家からは、ミサイルの運用と密接に関係しているとの指摘が出ています。
偵察衛星によって、リアルタイムでアメリカの空母打撃群などの動きを把握して、ミサイルで攻撃する能力を持ち、有事の際にアメリカ軍が朝鮮半島に戦力を投入することをためらわせようというねらいがあるという見方です。
一方で韓国のシン・ウォンシク国防相は、北朝鮮が去年11月に打ち上げに成功したと発表した衛星について、偵察衛星として機能していないという分析を示していました。
専門家の間でも北朝鮮の宇宙開発技術について地上の撮影や交信、管制システムなどの面で、軍事的な運用水準にはないという見方が出ていますが、今後さらに打ち上げを繰り返し、能力を向上させていくことに懸念も出ています。
軍事偵察衛星 開発めぐる動き
北朝鮮は、2021年に打ち出した「国防5か年計画」に、初めてとなる軍事偵察衛星を保有し、運用することを盛り込みました。
この計画に基づき、北朝鮮はおととし、ICBM=大陸間弾道ミサイル級の弾道ミサイルや、準中距離弾道ミサイルを発射し、偵察衛星の開発に関する実験だったと発表し、開発を加速させます。
そして去年5月、打ち上げの予告期間を日本側に通報すると、初日に北西部トンチャンリにある「ソヘ衛星発射場」から1回目の打ち上げを試みます。
しかし、ロケットは朝鮮半島西側の黄海に落下し、失敗に終わりました。
北朝鮮は、軍事偵察衛星「マルリギョン1号」を新型の衛星運搬ロケット「チョルリマ1型」で打ち上げたものの、新たに導入された2段目のエンジンの異常で推力を失い、黄海に墜落したと明らかにしました。
その3か月後の去年8月、建国75年を翌月に控えて2回目の打ち上げを強行しましたが、飛行していた3段目に異常が発生し、2回連続で失敗したと発表。
10月中に3回目の打ち上げを行う方針も示しました。
こうした中、キム・ジョンウン総書記は去年9月、プーチン大統領との首脳会談が開かれたロシア極東のボストーチヌイ宇宙基地でロケットの発射台などを視察し、ロシアからの技術支援の可能性が取り沙汰されました。
その後、北朝鮮が3回目の打ち上げに踏み切ったのは、10月ではなく翌11月のことでした。
しかも、予告期間に入る1時間余り前の夜遅くの打ち上げで、北朝鮮は軍事偵察衛星が正確に軌道に乗って任務に着手したと発表しました。
さらに偵察衛星が▽アメリカのホワイトハウスや国防総省、▽沖縄にあるアメリカ軍嘉手納基地、それに▽韓国やグアムにあるアメリカ軍基地などを試験的に撮影したと主張しました。
これに対し、北朝鮮の衛星が高い解像度のカメラや高度なデータ送信技術を備えているのかについては懐疑的な見方も強く、韓国は「偵察衛星として軍事的に利用できる性能は全くない」と結論づけています。
ただ、前回、衛星が地球の周回軌道に乗ったことは確認されており、北朝鮮はことし追加で3基打ち上げる計画を明らかにしていて、打ち上げを繰り返す中で技術力が向上し、周辺国の安全保障にとっても脅威になるおそれがあるという指摘も出ています。