昔あるところに、仕事もしないで海ばかり眺めて暮らす亭主がいました。仕方なく女房が働いて、どうにか暮らしていました。
ある波の荒い日の事、いつものように亭主が荒磯に座って海を眺めていると、竜神さまが現れました。竜神さまは「よっぽど海が好きみたいだから、これをやろう。誰にも内緒だぞ」と言って、澄んだ水が入った瓶(かめ)をくれました。
この瓶の水は、どんな病気でもたちまち治る妙薬でした。ある時、村に病人が出た時に、この水を飲ませてみると、たちまち病気が回復しました。この事が評判になり、亭主にあちこちから「薬を分けてくれ」と頼まれるようになりました。
亭主は、誰にも見つからないように瓶を小屋に隠していました。ところがある時、不審に思った女房が小屋の中の瓶を見つけて、中を覗いてみました。女房は、自分の顔が映りこんでいるのに他の女の顔と勘違いして、激しく嫉妬して、ついには瓶を叩き割ってしまいました。
大切な瓶を割られてがっかりした亭主は、裏庭の池に瓶の欠片を投げ入れました。それからの亭主は、これまで通り海ばかり眺めて暮らすようになりました。
すると、再び竜神さまが現れて「どうしてまたここにいるんだ?」と訊ねました。亭主はこれまでのいきさつを話すと、竜神さまは「そうか、それなら欠片を捨てた池へ行ってみろ。その草を陰干しして揉むと、また病人を直してやることができる」と教えてくれました。
亭主は、池の周りに生えていた草を、竜神さまから言われた通りに加工すると、再び病人を直してあげることができました。この草はよもぎと言って、これが灸の始まりとなりました。