あすの会は、妻を殺害された岡村さんを中心に、事件の被害者や遺族が参加して平成12年に発足しました。全国各地での署名活動や国への働きかけなどさまざまな活動に取り組んだ結果、平成16年に被害者の権利の保護を初めてうたった犯罪被害者基本法が成立しました。
さらに、被害者が加わることができなかった刑事裁判の改革も訴え、平成20年には被害者が法廷で被告に質問したり、検察官とは別に求刑したりできる被害者参加制度が実現しました。
あすの会は、6月に関係者を招いて都内でセレモニーを開き、支えてくれた人たちに感謝の気持ちを伝えることにしています。
岡村さんはこれまでの活動を振り返り、「ほっとするのと同時にとてもさみしいです。これからの被害者に自分と同じ苦しい思いをさせたくないという一心で会員たちは全国を飛び回ってきました。これがいろんな人の心を打ったのではないでしょうか」と話していました。
「犯罪被害者はようやく人として扱われるように」
あすの会は、被害者が泣き寝入りを強いられる状況を変えようと声を上げてきました。
平成12年に会を発足させ、活動の中心を担ってきたのは弁護士の岡村勲さんです。岡村さんは平成9年、顧問を務めていた証券会社を一方的に恨んでいた男に妻の真苗さん(当時63)を殺害されました。
裁判では妻の遺影を持ち込むことは許されず、被告が妻を傷つけるような発言をしても傍聴席で黙っているしかありませんでした。さらに、ほかの事件の被害者たちと交流する中で、重い傷を負って後遺症に苦しんでいるのに十分な補償を得られないという問題を目の当たりにしました。
岡村さんは、会を発足させた理由について「自分が当事者になり、初めて犯罪被害者に全く権利がないことに気づきました。国は正義のための刑事司法と言いながら、被害者はその刑事司法の犠牲にされているだけでした」と話しています。
岡村さんたちは、被害者みずからが具体的な施策を提案し、権利を確立する必要があると考え、先進的な制度を持つドイツやフランスで調査を行いました。そして、日本でも同じような制度を導入すべきだとして、全国各地で署名活動に取り組み、55万人余りの署名を政府に提出しました。
その思いは国を動かし、平成16年、犯罪被害者基本法が成立しました。法律には被害者の権利が明記され、国は基本計画を策定して支援に取り組むようになりました。さらに、岡村さんたちは、専門家から反対の声も上がっていた刑事裁判に被害者が参加する制度の必要性も強く訴え、平成20年に実現しました。これによって、事件の内容も知らされず、かやの外に置かれるような状況だった被害者が、法廷の中に入り、被告に直接質問したり、検察官とは別に求刑したりすることができるようになりました。
裁判所の統計によりますと、制度が始まってから昨年度までに、刑事裁判の1審に参加することが認められた被害者の数は延べ8500人余りに上っています。犯罪被害者の権利は大きく前進し、平成23年に岡村さんが代表幹事を退任したあと、あすの会は、被害者への補償をさらに充実させるよう求める活動などに取り組んでいました。
岡村さんは「基本法や基本計画、それに裁判への参加の実現で、犯罪被害者はようやく人として扱われるようになったと思っています。今では行政による支援も増え、被害者の人たちは以前のように私たちの所へ来なくてもよくなりました。私たちの目的は一定程度達成したと思っています」と話しています。
専門家 被害者支援のさらなる充実の必要性を指摘
犯罪などの被害者を取り巻く環境は大きく改善しました。
あすの会が活動を始める前から、事件の被害者に対する国の給付金制度がありましたが、支給される額や対象は限られ、そのほかにはほとんど公的な支援がありませんでした。
その後、平成16年に成立した犯罪被害者基本法に基づいて国の基本計画が作られ、給付金制度については支給対象者の拡大や、給付額の引き上げなどの見直しが行われました。また、被害者の心のケアや、法的な手続きに関する支援など、きめ細かな施策が盛り込まれました。
基本法では、地方自治体も支援を行う責任があるとされ、中には被害者支援の条例を制定し、見舞い金の支給やホームヘルパーの派遣、引っ越し費用の助成などを行っている自治体もあります。
一方で、基本法の成立から10年余りがたつ今も、条例を定めていない自治体は少なくありません。
犯罪被害者の支援制度に詳しい常磐大学の諸澤英道元学長によりますと、去年4月の時点で、被害者支援を盛り込んだ条例を制定している市区町村は全体の23.8%にとどまっているということで、速やかに取り組みを進める必要があると指摘しています。
諸澤元学長は「あすの会は司法制度を変えるという究極の目標を実現しました。この大きな資産を生かし、今後は残された問題について、ほかの人たちが社会や政府に訴え、変えていかなくてはいけないと思います」と話しています。