昔、福井は夜になっても大勢の人が行き交う、とても栄えた町だった。
ところがある夜から、金色の二つの光を持った化け物が現れ、町の八百屋を荒らして回るようになった。怖がった人々は夜に出歩かなくなり、町はだんだんとさびれていった。
困った若者たちが、夜の八百屋を見張っていると、化け物の正体はどうやら牛である事が分かった。すると牛飼いと名乗る不思議な老人が現れ、怪しい牛は「どこかの看板から抜け出た牛ではないか」と言う。そこで、町の薬屋の木彫りの牛の看板を確認すると、牛の蹄(ひづめ)にはまだ湿った土が付いていた。
彫り物の名人である「左甚五郎」作の立派な木彫りの牛が、夜な夜な看板から抜け出して福井の町を荒らしまわっていたのだった。牛飼いの老人が、看板の牛の両目と前足にノミで傷を入れると、二度と町中に怪しい牛が出没する事も無くなった。
それ以来、福井の町は再びにぎわいを取り戻した。その後しばらくして、八幡神社の境内に小さなお堂が建てられ、この牛の看板を大切に奉った。