石楠花しゃくなげ

佐渡さどの大倉村おおくらむらに、とても元気げんきで可愛かわいい娘むすめが、木きこりの両親りょうしんと3人にんで暮くらしていた。娘むすめは、春はるから秋あきにかけて放牧ほうぼくしている牛うしの世話係せわがかりだったが、まだまだ遊あそびたい年頃としごろだった。

そんな中なか、黒くろい子牛こうしが産うまれた。黒くろい子牛こうしがすくすく育そだつのが嬉うれしくて、すっかり働はたらき者ものになって牛うしの世話せわや両親りょうしんの手伝てつだいを嫌いやな顔かおせずやっていた。ひと冬ふゆを越こしたある日ひ、母牛ははうしが病気びょうきで死しんでしまった。これををきっかけに、娘むすめはますます黒くろい子牛こうしを大切たいせつに育そだてた。

それから2年目ねんめの夏なつ、子牛こうしは立派りっぱな若牛わかうし（黒毛くろげの雄牛おうし）に成長せいちょうした。2本ほんの角かくも立派りっぱに生うえそろい、4本ほんの脚あしもたくましく大地だいちを蹴けり、毛並けなみは黒くろぐろ々と艶つやかに光ひかっていた。娘むすめは黒牛くろうしにまたがり、山やまの中なかを駆かけまわって暮くらしていた。

ある日ひの夜よる、娘むすめは黒牛くろうしと一緒いっしょに、月夜つきよがきれいな加茂湖かもこを見みに行いった。帰かえり際さい、振ふり返かえった娘むすめの目めの前まえに、たくましい若者わかものが立たっていた。「私わたしはあんたに育そだててもらった黒牛くろうしだ。夏なつの月つきが加茂湖かもこに映うつる間あいだだけ、私わたしは人間にんげんに姿すがたになる事ことができるんだ。私わたしはあんたが好すきだ。」

その日ひから娘むすめは、毎夜毎夜まいよまいよ、加茂湖かもこの見みえる月夜つきよの晩ばんに、若者わかもの（黒牛くろうし）と会あうようになった。娘むすめにとって初はじめての激はげしい恋こいだった。

その年としの冬ふゆ、立派りっぱに育そだった黒牛くろうしを両親りょうしんは売うることにしたが、娘むすめは反対はんたいした。そこで娘むすめが寝ねている間あいだの早朝そうちょうに、こっそり牛うしを売うりに出だすため連つれて行いった。気きづいて娘むすめは追おいかけたが、峠とうげのがけ下したで、口くちから真まっ赤かな血ちを流ながして死しんでしまった。

翌年よくねんの春はる、娘むすめが死しんでいた大倉峠おおくらとうげに一本いっぽんの木き（石楠花しゃくなげ）が生うえてきた。