長崎に原爆が投下された際に爆心地から半径12キロ以内にいながら、国が定める地域の外にいた人たちは、「被爆者」ではなく「被爆体験者」とされ、医療費の助成などに差が生じています。
長崎県内に住む「被爆体験者」44人は、2007年から順次、被爆者と認めるよう求める訴えを起こしましたが、いずれも敗訴が確定し、再び長崎市と県に対して訴えを起こしました。
9日の判決で、長崎地方裁判所の松永晋介裁判長は、
▽爆心地から半径12キロ以内に住んでいた人を対象に行われた過去の調査で、雨が降ったという証言が相当数あったことや
▽当時の風の向きや強さなどをふまえ、「被爆者と認められる地域に指定されていない今の長崎市の東側の一部でも、いわゆる『黒い雨』が降った事実が認められ、この地域では、原爆由来の放射性物質が降った相当程度の可能性がある」と指摘しました。
そして、裁判の途中で亡くなった2人を含め、この地域に住んでいた15人を法律で定める被爆者と認め、被爆者健康手帳を交付するよう市や県に命じました。
一方で、この地域以外に住んでいた原告については、「放射性物質が降った事実や可能性は認められない」として訴えを退けました。
「被爆体験者」が被爆者への認定を求めていることをめぐり、岸田総理大臣は8月9日の「長崎原爆の日」に、「被爆体験者」の団体の代表と初めて面会し、合理的に課題を解決するための具体策を検討していく考えを示していました。
9日の判決が被爆者の認定基準の見直しにつながるか注目されます。
原告団長 岩永千代子さん「合理的根拠 全く分からない」
判決が言い渡されたあと、裁判所の前で取材に応じた原告団長の岩永千代子さんは、みずからや原告の一部が被爆者と認められなかったことを踏まえ、「なぜ爆心地の東側の地区の人たちだけを被爆者と認めるのか、科学的・合理的根拠というものが全く分かりませんでした」と話していました。
被爆者と認定 浜田武男さん「こういう判決あっていいのか」
原告の1人で、判決で被爆者と認められた浜田武男さんは、被爆者の認定が原告の一部にとどまったことについて、「非常に納得がいかない。広島は全部認められているが長崎は違うので、納得ができないし、喜んでいない。こういう判決があっていいのか。あまり気持ちのいいものではない」と話していました。
被爆者 川野浩一さん「釈然としない」
判決が言い渡されたあと、裁判所の前で取材に応じた被爆者の川野浩一さんは、原告の中で被爆者と認められた人が一部にとどまったことについて、「われわれは『被爆体験者は被爆者だ』と言っている。それを違うというなら、政府はどこがどう違うのかを私たちに説明するべきだと思う。私は爆心地から3.1キロで被爆した被爆者だが、それが5キロや6キロであろうと、場合によっては10キロであろうと、被爆しているわけだから、被爆した人がどうして被爆者じゃないのか。釈然としない」と話していました。
原告の1人「分断生む大変な判決」
判決のあと、原告や弁護士が長崎市内で支援者などに向けた報告集会を開きました。
原告団長で「第二次全国被爆体験者協議会」の会長を務める岩永千代子さんは今回の裁判で原告のうち、爆心地の東側に位置する、当時の3つの村に住んでいた被爆体験者だけが被爆者と認められたことについて「放射線の影響は爆心地から東の方だけではない。もっと事実に基づいた判決を出してほしかった。私たちは高齢だが、弁護士とともにたたかうつもりだ。内部被ばくの真実を裁判官に認識してもらうために、生涯、頑張りたい」と話していました。
また、原告の1人で「多長被爆体験者協議会」の会長を務める山内武さんは「広島は爆心地から40キロ近くまで認定しているのに、なぜ、長崎は12キロ以内ですら分断するのか。分断を生む大変な判決が出たと思う。残念な判決だったが、身体が続くかぎりこれからもたたかっていきたい」と話していました。
原告弁護団「長崎と広島で分断生む極めて悪質な判決」
今回の判決について、原告弁護団の足立修一弁護士は「被爆者認定に関して、広島高裁の判決からかなり後退した内容になってしまったと感じる。長崎と広島で分断を生む極めて悪質な判決だと思うし、裁判所は原爆が引き起こしたことの本質を見ようとしていない」と話していました。
また、同じく原告弁護団の中鋪美香弁護士は「『黒い雨』が降った場所だけで被爆者の認定をしたことは、広島の判決の趣旨を深く解釈することなく、はき違えた結果だと感じる。黒い雨は本来、放射性降下物の1つの形態にすぎない。今後、国が、『黒い雨』にあった人しか被爆者と認めないという方向になるのではないかと懸念している」と話していました。
長崎県 大石知事「非常に複雑な思い」
判決について、長崎県の大石知事は「我々が行った判断に対してそれを取り消すという判決になったことについては重く受け止める必要があると思っている。国の今の基準では、被爆体験者を被爆者として認定できないとする立場と、救済をしていくべきだとする立場があり、両方の立場があるので非常に複雑な思いだ」と述べました。
その上で、今後の対応については「しっかりと判決内容を精査して国や長崎市とも十分に協議をしながら対応を検討していきたい」と述べました。
長崎市 鈴木市長「救済に向け国に粘り強く働きかけ」
判決について長崎市の鈴木市長は、「市は被告ではあるが、被爆体験者の気持ちに寄り添いながら、救済を図るよう国に対して強く求めてきた。今回の結果は被爆体験者が望んでいた判決とは異なるのではないかと思われ、心中を察するに非常に複雑な思いだ」と話していました。
また、今後の対応については「被爆体験者の意見を踏まえながら、判決内容を充分に精査し国や長崎県とも協議した上で判断したい。また、今回の判決を重要な契機として被爆体験者の救済に向けた取り組みを加速化して前進させるために、国に粘り強く継続して働きかけていきたい」と話していました。
林官房長官「判決の内容を十分精査 適切に対応」
林官房長官は午後の記者会見で「まずは関係省庁で判決の内容を十分精査した上で長崎県や長崎市と協議し、適切に対応していく」と述べました。
その上で「従前より長崎の被爆体験者の方々から被爆者健康手帳の交付を要請されており、8月9日に関係者の要望を伺った際に岸田総理大臣からは、早急に課題を合理的に解決できるよう、具体的な対応策の調整の指示があった。厚生労働省で調整を進めている」と述べました。
厚生労働省「主張が一部認められなかったと認識」
被爆者の認定基準は国が定めていて、今回の裁判では厚生労働省が被告の長崎市や長崎県側の「参加人」として、裁判に参加していました。
9日の判決について厚生労働省は「今回の判決では被告らの主張が一部認められなかったものと認識している。今後の対応については、判決内容を精査し、関係省庁や長崎県、長崎市と協議した上で適切に対応していきたい」とコメントしています。
被爆体験者 新たな支援策や被爆者認定 今後の協議に影響は
長崎の被爆体験者について、厚生労働省は地元の自治体と協議しながら新たな支援策などの検討を進めていますが、9日の判決が今後の協議にどのような影響を与えるかが注目されます。
長崎市に原爆が投下された時、爆心地から半径12キロ以内にいながら、国が定める地域の外にいた人は「被爆体験者」とされ、「被爆者」と比べて、国からの手当てや医療費の助成などに差が生じています。
8月9日の長崎原爆の日に、被爆体験者で作る団体が岸田総理大臣と面会して被爆者と認定するよう求め、岸田総理大臣はその場で、合理的に課題を解決するための具体策を検討していく考えを示しました。
これを受けて厚生労働省は被爆体験者への新たな支援策や被爆者認定のあり方について、長崎市や長崎県と協議しながら検討を進めています。
武見厚生労働大臣は「早めに結論が得られるようにしたい」と話していますが、議論をいつまでにまとめるのか具体的なメドはまだ示されていません。
9日の長崎地方裁判所の判決では、一部の原告を被爆者と認め、被爆者健康手帳を交付するよう長崎市などに命じていて、今後の協議にどのような影響を与えるかが注目されます。