おととし、将棋界初となる八大タイトル独占を果たした藤井七冠は去年、7つのタイトルの防衛を果たすも、叡王戦五番勝負で敗れ、初めての失冠も経験しました。
新年に合わせた報道各社の取材に応じた藤井七冠は去年一年間の防衛戦について「タイトルホルダーか挑戦者かの違いは、シリーズが開幕すればそこまで影響しないと思っていて、以前と変化は感じませんでしたが全体として振り返ると、対局の結果に少し波が出てしまったかなと感じています」と振り返りました。
その上で「去年は自分の経験が少ない展開になる将棋も多く、実力不足を感じることも多かったのですが、同時に経験が少ない局面について考えられる機会となったので、それを生かせるように取り組んでいきたいです。実力不足が改善されたときに、『叡王戦』への挑戦が見えてくると思います」とことしの防衛戦への思いと、タイトル奪還への意気込みを語りました。
そして「未知の局面に対する対応力をもっと高め、より面白い局面に出会えるように、1局1局集中して考えていきたい。振り返ったときに充実した1年だったと思えるようにことしもしっかりと取り組んでいきたい」と抱負を述べました。
藤井七冠のことし最初のタイトル戦は今月12日に静岡県で開幕する「王将戦」で、永瀬拓矢九段の(32)挑戦を受けます。
藤井聡太七冠【一問一答】
Q.この1年を振り返って。
2024年は戦型選択の前の面でも、これまでとちょっと違った形を試してみたりということもありましたが、結果としては「叡王戦」で失冠してしまったり、全体として結果の面では少し振るわないところもあって、そういった意味では課題が残った1年だったかなと感じています。
Q.最も印象に残った対局、最も手応えの合った対局、最も悔しかった対局は。
まずは「棋王戦」の伊藤さんとの将棋で、持将棋になったんですけど、私はこれまでの公式戦では持将棋がなくて、そのときが初めてだったこともありますし、伊藤さんの方が持将棋になることも含めて研究をされていたということで、印象的な1局でした。
手応えのある対局というと、「王座戦」の第1局は少し序盤からうまくいかない、自分自身でも経験の少ない形を選んでみたんですけど、1局を通してある程度局面のバランスを保って指すことできたと思うので、そういった点で一定の手応えを得られた1局だったと思っています。
悔しかった1局ということについてですけれど、例えば「王位戦」の第2局であったり、「竜王戦」の第4局であったり、ちょっと一方的になってしまう将棋がいくつかあったので、やっぱりそういったところに私としては悔しさ、残念な気持ちがあるので、これからこういったことがないように改善していかなくてはいけないかなと思っています。
Q.この1年、どのような将棋を指すかテーマを決めていましたか?
先ほども少し話をしたように、これまでとは少し要素の違った形も公式戦で試してみようというのは少し考えていたことではありました。
背景としては最近後手番で今までよりも苦戦する傾向があるかなと感じていたので、その対策ということもあって、作戦的な面でも少しずつ幅を広げられればとは考えていました。
ここまでとしても、それほどそういったことも含めてうまくは行っていないかなというのが正直なところではあるんですけど、将棋の幅を広げるということは、長期的に見ても僕のやることかなというふうに思っているので引き続き取り組んでいきたいと考えています。
Q.2024年は全タイトル戦が防衛戦となる初めての年。これまでと違う収穫や課題はありましたか。
防衛戦が続く1年になって、前の年までと比べると日程があらかじめわかっている状況ではあったので、それぞれの対局に合わせて準備をしていくという感じで臨んでいました。
タイトル戦というのは、タイトルホルダーか挑戦者かというのは、シリーズが開幕してしまえば立場の違いというのは影響しないと思っているので、その点に関しては前の年と変わらずという感じではあったんですけど、去年は全体として振り返ってみると対局の結果や対応も含めて少し波が出てしまったということは感じているので、そういった波をできるだけ小さくしたいということは、今後意識していきたいことかなと思います。
Q.2024年は初めての失冠もありましたが、八冠の時と七冠の時でタイトル戦でのプレッシャーなど、気持ちの変化はありましたか。また、自身の将棋に変化はありましたか。
それも先ほどの話とも重なるんですけど、対局に臨む上で立場の違いというのは影響しないと思っているので、それで対局に向けた気持ちに変化があったりとか、そういうことはなかったかなと思っています。
Q.伊藤匠叡王を始め、若手の台頭が見られた1年だったと思いますが、どう感じられましたか。気になる棋士はいますか。
去年は「棋王戦」と「叡王戦」の2つのタイトル戦で、同年代の伊藤叡王と対局したということもありましたし、将棋界全体としても私と同世代であったり、あるいは私より若い世代の方が活躍しているのかなという感じも受けています。
なんとなくですけど、世代ごとに将棋観というか、指し手の特徴みたいなものもあるのかなという感じもしますし、そういった点では私より若い世代の棋士がどのような将棋を指されるのかなというのは今後も注目して見ていきたいと思っています。
Q.去年の藤井七冠への挑戦者はこれまでと違いどのようなところに対策・研究をしてきたと思いますか。
前の年までと何か大きく違ったと感じていないんですけど、全体として序盤から戦型が多様化してきているというところはやはりあって、去年のタイトル戦でもこれまでと比べるといろいろな戦型の将棋があったのかなと感じています。
そういった中で、私自身が経験不足だったり理解不足だったりというところを感じたことも少なからずあったので、全体的な形勢判断力というのをより高めていく必要があるのかなというふうにも感じました。
Q.将棋と将棋以外でそれぞれ取り組みたいことや挑戦したいことはありますか。
将棋に関しては先ほども言ったように、総合的な形勢判断力だったり、個別の局面における対応力を磨いていきたいと思っています。
その上で、今まで指してきていない戦型についても試す機会があればというふうにも考えています。
将棋以外については、特に何かこれをやろうというふうに決めているということはないんですけど、記念品でフィットネスバイクをいただいて、自宅でそれをこいで運動していたりということはあるんですが、やっぱり意識して運動しないとそういった機会は限られてきてしまうと思っているので、引き続き運動するということも意識して過ごしていきたいです。
Q.対局以外のイベント出演など仕事も多い1年だったと思いますが、将棋に取り組む時間の変化はどうだったでしょうか。限られた時間で研究に取り組む工夫は。
対局以外の仕事の依頼もいくつかいただいて、そういった機会も、2024年は比較的多くあったかなというふうに感じています。
ただ、良い将棋を指すということが一番重要なことでありますし、その対局に向けてしっかり準備をしたり、対局当日を良い状態を迎えたりするためにいろいろ気をつけて過ごしてはいました。
将棋に取り組む時間について、それほど前の年と比べて大きく変わったことはないかなと思っています。
Q.「叡王」奪還は数ある目標の中で、どのような位置づけですか。
「叡王戦」のトーナメントは1月くらいから始まることになるかなと思うんですけど、今の時点で「叡王戦」の挑戦であったり、そういったことはあまり具体的な目標として意識をしていることではないんですけど、去年の五番勝負でも私自身の実力不足をやはり感じるところがあったので、それを改善したときにそういったところが見えてくるのかなと考えています。
Q.母校を久しぶりに訪ねた印象や感想を教えてください。
去年11月にイベントで私の出身の小学校を訪ねる機会があって、卒業以来ということになるので懐かしさもありましたし、子どもたちに私の思っている以上にすごく歓迎というか、喜んでもらったような感じもしているので、こちらもすごくうれしく思いました。
Q.現代の将棋の発展にはAIが大きく貢献していると思います。2024年のノーベル賞では関連した研究が受賞しました。自身の将棋研究の中で、AIとどのように向き合っていますか。AIに驚かされることはありますか。
私自身も普段の取り組みの中でAIをかなり活用しています。
将棋の場合、AIにその局面を入力すると、それに対して候補手や評価値、形勢判断というのを返してくれるわけですけども、そういったすごく多くの情報が得られるようになった反面で、やっぱりその情報をいかにうまく処理して、自分自身に生かしていくかというのが問われているのかなと感じています。
私としてはAIの候補手や指し手を鵜呑みにするということにはならないように、自分自身でもその局面について考えた上で、AIの読み筋や判断と比較をするという感じで活用していけたらと思っています。
AIが示す指し手だったり形勢判断だったりが、こちらの感覚や考えと大きく異なるということももちろんあって、それに驚かされるようなことも時にはありますが、そういった時は局面を進めてみたり、自分自身で改めて考えてみたりすると「そういう考え方もあるのか」というふうに思わされることも非常に多いので、自分自身にはないAIの優れた感覚のようなものを柔軟に取り入れていけたらと考えています。
Q.2024年で将棋やそれ以外で学んだと感じたことはありますか。
将棋に関しては、2024年の対局は結構戦型も多様でしたし、自分自身も経験が少ない展開になるような将棋も多くて、その中で実力不足を感じるところも多かったですけれど、それと同時に公式戦を通してそういった局面に対して考えることができたというのは非常に良い経験になったかなと思っているので、それをまた生かしていけるように取り組んでいきたいと思っています。
それ以外というところは、2024年は将棋以外でもいろいろな仕事などもいただいて、私自身も経験できないようなこともあったので、将棋以外でもいろいろいい経験ができた1年だったかなと思っています。
Q.数年前のインタビューで棋士のピークは25歳と話していましたが、その考え方は変わらないですか。
ピークというのが、すごくこうはっきりと明らかな形で出るとは思ってはいないですけど、全体としては25歳とかそのあたりがピークか、それに近い形になるというのかなとは変わらず思っています。
私自身も今が22歳で、25歳に近づいているとも思うので、やっぱり普段からしっかり取り組んで、少しでも実力を高めていけるように取り組んでいきたいというふうに思っています。
Q.ピークというのは独立峰なのか、長く続く山脈のようなイメージなのでしょうか。
例えば羽生九段はすごく長い間第一線でご活躍されていますし、ピークというのがどういった状態になるかは取り組み次第というところもあるかなというふうにも思うので、私自身ももちろん長く活躍できるように取り組んでいきたいとはもちろん思っているんですけど、まずはピークの山をできるだけ高いものにできるように、そこに向けてしっかりと実力を伸ばしていけるようにということを一番に考えていきたいと思っています。
Q。藤井七冠は現在22歳で、同級生は順調にいけば大学4年生。来春卒業して社会に出る年齢になりますが、思うところはありますか。
私の同級生も今大学4年生で、4月から就職をしたりといったことになるかと思うんですけど、私自身は14歳の時に棋士になって、他の世界のことは直接経験できないところもあるので、同級生の違う世界での活躍とかそういったところからも刺激を受けたりすることができればいいなというふうに思います。
Q.冒頭で「失冠を経験して結果が振るわない年だった」という言葉がありました。結果が振るわないという言葉を使ったことはあまりないと思いますが、失冠を経験して、結果の持つ重みに今までと違うものを感じた1年だったのでしょうか。
結果が振るわないという表現をしたんですけども、ただそれは決してたまたま結果が振るわなかったということではなくて、内容的にも全体として良くなかったと感じているので、内容が良くなかったということが対局の結果にも反映されているという形になったかなというふうに受け止めています。
結果の重みというのは棋士としてやっている以上常にあるんですけど、結果も短期的には良い時もあれば悪い時もある。
どうしても調子のようなものがある程度は出てしまうものとも思っています。
そういった中でも全体的な対局の内容を底上げしていくようなことはできると思っているので、2024年は結果と内容どちらの両面でも課題が残ったかなと思っているので、これからしっかりと実力をつけていきたいと考えています。
Q.課題とはどういうもので、今までとはどう違うのでしょうか。
2024年は内容的にもちょっと波が大きかったかなというところがあって、いくつか一方的な見せ場のないような内容になってしまう対局もあったので、実力といえばそうですけど、コンディション的な面でも課題が残るというところはあったかと感じています。
あとは繰り返しになってしまいますが、自分自身も経験が少ない展開の将棋が多くて、そこに対する対応力が不足していたところがあると感じているので、2025年に改善していけたらと感じています。
Q.東西の新しい将棋会館への気持ちを聞かせてください。
私自身も東西の新しい会館もどこかで対局する機会もあると思うので、それも楽しみにしていますし、そういった新しい会館でいろいろな対局やイベントが行われる中で、将棋ファンの方やその街の方にとって愛着を持ってもらえる場所になっていけばいいなとも思っています。
Q.2024年、将棋以外で世の中の出来事やニュースで気になったことはありますか。
報道を見ていてもいろいろなことがあった1年だったと感じています。
印象に残ったニュースがいくつかあるんですけども、国内のことに関していうと、物価の上昇率が2%を上回るような状況が続いていて、それに対して日本銀行が金利を引き上げたりということもあって、私自身もこれまでずっと低金利の環境で育ってきたというのがあるので、今後もそういった経済の情勢がどうなるかなというのは気にして見ています。
Q.能登半島地震から1年になりますが、将棋を通じて貢献できたと実感したことはありますか。また、復興への思いはどうでしょうか。
1月に能登半島地震があり、その後の豪雨災害などもあって、まだ本当に大変な思いをされている方が多くいると思うので、まずはお見舞い申し上げたいと思います。
私自身も、石川県には2月の対局でも伺ったりしたんですけど、大変な状況の中で対局の舞台を整えていただいたことにすごく感激しましたし、災害に対して棋士という立場で直接できることはなかなかないですけれども、将棋を通して被災された方も含めて、楽しみや気持ちの支えのようなものになれればすごくうれしく思います。
Q.2023年の賞金ランキング史上最高額だったが、何か高い買い物やご自身へのご褒美はありましたか。
ははははは、そうですね。ことし(2024年)は特に大きい買い物というのは私自身はしていないと思います。
Q.師匠からお年玉をもらう予定は。
去年もらったかどうかというのをちゃんと覚えていないんですけど、師匠の方もおそらくそろそろ終わりにしたいと思っているんじゃないかと思うので、「あうんの呼吸」で終わるのかもしれないと思っています。
Q.タイトル戦のスケジュールが忙しい中、楽しみがあれば教えてください。
2024年はタイトル戦を中心に対局が続いた1年でもあったんですけど、ただ対局が続くのは大変な面もある一方で、充実感ももちろんあるので、そういった意味では充実感のある1年だったかなと思っています。
ただ、時には息抜きも必要にはなるかなと思うんですけども、私の場合は息抜きとしてはトレインシミュレーターをやっていることが多かったかなと思います。
もともとそれほどオンとオフをはっきり切り替えるタイプではないので、息抜きしつつ、ふだんから将棋を中心に過ごしていたという感じかなと思います。
Q.2025年に向けての抱負をお願いします。
まずは未知の局面に対する対応力をもっと高めていきたいと思っていますし、その上で対局の中でより面白い局面に出会えるように1局1局集中して考えていきたいと思っています。
戦型の面でも少しずつ幅を広げていけたらいいなと考えているので、その点も含めて振り返ったときに充実した1年だったと思えるようにしっかりと取り組んでいきたいと思っています。