「スイス
政府の
特別支援により、160
億スイスフラン(
日本円で2
兆2000
億円)に
上るクレディ・スイスの『AT1
債』のすべての
価値が
完全に
償却され、
これによって
中核的資本が
増加することに
なる」
「すべての価値が完全に償却される」というのは無価値となるということです。
「AT1債=Additional Tier1債」は、金融機関が発行する特殊な社債です。
2008年のリーマン・ショックを教訓に世界的な金融危機を防ぐため新たな国際規制「バーゼル3」が策定されたことに伴い、「その他Tier1」という自己資本の基礎的な項目として認められるようになりました。
「AT1債」は、通常の社債や劣後債と比べて金利が高い一方で、自己資本が減少した際には、元本が削減されたり、強制的に株式に転換されたりするリスクがあります。
つまり、預金者に影響が出ないようこの社債を買った投資家が損失を吸収する形です。
今回のクレディ・スイスのケースでは、「AT1債」が無価値になる場合のトリガーが2つありました。
▽株式など損失を吸収する資本が一定の水準を下回った場合。
▽スイス当局が銀行が破綻のおそれがあるとみなしたり、例外的な政府支援を行ったりした場合。
この2つのうち、いずれかの条件に抵触した場合に無価値となるという仕組みになっていました。
スイスの財務省は、UBSがクレディ・スイスから引き継ぐ資産の価値が下がり、将来の損失が一定の額を超えた場合、政府がUBSに日本円で90億スイスフラン、日本円で1兆2000億円余りの政府保証を行うと発表しました。
この支援策が2つ目のトリガー「例外的な政府支援」に該当し、クレディ・スイスの「AT1債」が無価値とされたとみられています。
なぜ「AT1債」だけ無価値に?
政府の
支援を
受けたのだから、
契約上「AT1
債」の
投資家が
損失を
被るのは
仕方がないという
見方もあります。
しかし、今回の対応には多くの投資家から疑問の声があがり、中には訴訟を検討するという投資家も出てきています。
その理由について、金融庁に出向経験があり金融機関の国際規制に詳しい吉良宣哉弁護士は「投資家の弁済の順位が乱れたためだ」と指摘します。
順位とはどういうことなのでしょうか。
一般に社債など債券の弁済順位は株式より上位とされています。
預金はさらに手厚く保護されており、金融業界では下の図であらわした項目について、下に行くほど弁済の順位が低くなるとされていました。
一般的には、「AT1
債」は
普通株式より
優先的に
弁済が
行われます。
ところが今回、クレディ・スイスの普通株式は、直近の評価額を大きく下回る形ではあるものの、UBSの普通株式と交換され、株主は一定の救済がされることになっています。
一方でそれより順位が高いとみられていた「AT1債」は無価値となり、債券保有者より株主が優遇される形となります。
このため「AT1債」を保有する投資家が、「普通株式を持つ投資家より先に自分たちだけが損失を被るのはおかしい」と声をあげているのです。
これに対し、スイス金融市場監督機構は3月23日、「契約条件が満たされたから実行した」と説明し、改めて今回の対応の正当性を主張しています。
一方、EUの銀行監督当局やヨーロッパ中央銀行、それにイギリスの中央銀行、イングランド銀行は、「AT1債の保有者が損失を被るのは株主に損失負担を求めた後のことだ」という趣旨の声明を発表し、クレディ・スイスの「AT1債」が無価値になったのはあくまでもスイス特有の例外的な措置だと強調しています。
過去には、スペインの銀行で「AT1債」が無価値になったことがありますが、このときは同時に普通株式も無価値となりました。
吉良弁護士によると、普通株式よりも先に「AT1債」が価値を失うことは理論上あり得るとした上で「今回は順位が入れ替わった初めてのケースではないか」と指摘します。
長島・
大野・
常松法律事務所 吉良宣哉弁護士「クレディ・スイスの契約の書面には、順位が入れ替わることがあり得ることが記載されているにもかかわらず、市場では『AT1債』が無価値になるときは普通株式も無価値になると考えていた投資家も少なくないのかもしれない。今後、訴訟となった場合は『AT1債』を販売した際に株式の投資家より先に損失を被るリスクがあることが、契約書面に明記されていたことも踏まえ、リスクの説明の有無・程度が争点となる可能性がある」
日本への影響は
このようにクレディ・スイスの「AT1
債」が
無価値となったことを
受けて、
投資家の
間で「AT1
債」を
手放す動きが
出るなど動揺が
広がり、
その利回りが
上昇するという
混乱も
起きています。
日本にも影響は及ぶのでしょうか。
金融庁によりますと、国内の金融機関でクレディ・スイスの「AT1債」を大量に保有しているところは、今のところ報告されていないということです。
また、国内の資産運用会社が手がける投資信託の中に「AT1債」を組み込んだものもありますが、いずれも保有比率では1%に満たないとしています。
一方で、「AT1債」を発行している金融機関への影響を指摘する声もあります。
日本では、メガバンク3行が「永久劣後債」という名前でこれまでにあわせて3兆円余りの「AT1債」を発行していますが、多くのアナリストが今後、国内でも「AT1債」の発行コスト、つまり資金調達のコストが増加するとみています。
リーマンショックから14年半がたちましたが、金融危機の再発を防ぐために導入された金融規制がどのように機能し、そしてどこに課題があったのか。
「AT1債」をめぐる異例の対応やその影響を取材しながら、改めて検証する必要があると感じました。
注目予定
来週は、31
日にアメリカの
消費の
動向を
示す「PCEデフレータ」の
指標が
発表されます。
アメリカで銀行の破綻が相次いだ中でもFRBは今週、インフレの抑制を優先し利上げを継続することを決めました。
インフレがどの程度継続しているか注目です。
また、アメリカの銀行破綻やクレディ・スイスの買収を受けて金融システムへの懸念がくすぶり続ける中、金融市場の動きも引き続き注目です。
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