このうち行方が分からない絵画は30点余りあり、ドイツの警察は「最近もこの画家による贋作が相次いで見つかっていて、アジアでも贋作が売買されている可能性がある」と指摘しています。
渦中の画家はヴォルフガング・ベルトラッキ氏
ドイツ人画家のヴォルフガング・ベルトラッキ氏は1951年生まれの73歳。30年以上にわたって贋作を描き続けてきたとされます。
2006年に、ドイツ表現主義の画家の作品として描かれた絵画がオークションで288万ユーロ、現在の為替レートでおよそ4億6千万円で落札。
しかし、絵の具を分析したところ、描かれたはずの年代には存在していないはずの成分が検出されたことをきっかけに、贋作の疑惑が明るみに出て、警察の捜査が進められました。
絵画はベルトラッキ氏の贋作の1つでした。
ベルトラッキ氏は2011年、14点の贋作を描いて、組織的に販売した罪などで懲役6年の判決を受けました。
捜査は過去最大規模に
ベルトラッキ氏の捜査を行ったのは、美術品の贋作や盗難を専門とするドイツのベルリン州警察の「美術犯罪捜査班」です。
捜査班が本格的な捜査に着手したのは、2010年ごろ。「不審な絵画の取引がある」という情報がきっかけでした。
捜査を進めると、ベルトラッキ氏は妻や複数の協力者とともに組織的に贋作を描いていることがわかり、当時としては、過去最大規模の捜査がドイツ全土で行われました。
一方、裁判で罪に問われた贋作は14点だけで、判決が出たあとも被害の拡大を防ぐために贋作の疑いがある作品のリストを更新していて、一部の公立美術館などに共有しています。
【動画】公開された贋作リスト
公開されたリストには…
今回、その最新のリストが世界のメディアで初めてNHKに公開されました。
それによりますと、ベルトラッキ氏の贋作の疑いがある絵画は、世界で89点にのぼります。
描いた贋作の画家は、18世紀から20世紀にかけてフランスやドイツなどで活躍したハインリヒ・カンペンドンク、オーギュスト・エルバン、マックス・エルンストなど40人以上にのぼります。
行方不明の絵画も
大半が警察や大学の研究機関で保管されている一方で、行方が分からない絵画は32点にのぼっています。
このうち「色彩の魔術師」と言われるフランス人画家、ラウル・デュフィの贋作とされる絵画は、2007年以降にシンガポールの商社が購入した記録が確認されていますが、その後、行方が分かっていないということです。
またポーランド出身のキュビズム画家、ルイ・マルクーシの贋作の疑いが持たれている2つの作品は2006年から2008年にかけてパリやスイスのギャラリーで確認されたのを最後に、行方が分からないということです。
ベルリン州警察によりますと、ベルトラッキ氏は、ヨーロッパの捜査機関を避けるため、アジアの絵画市場をターゲットにしていた時期もあったということです。
ベルリン州警察・美術犯罪捜査班のルネ・アロンジュ主任捜査官は「この2年間だけでもスイス、フランスなど世界中で4、5点の贋作が新たに見つかった。現在もアジアのマーケットで贋作が売買されている可能性がある。捜査が終了したあとも所在を特定して贋作への賠償請求をする機会を与えることは重要だ。社会に贋作が出回らないよう深い信念で行動している」と話しています。
ベルトラッキ氏を直撃
ベルトラッキ氏は現在、服役を終えてスイスに移り住み、自分の署名入りのオリジナル作品を描いています。
取材班は本人から贋作を描く手法やその目的について直接話を聞きました。
ベルトラッキ氏によると、贋作を描く際は現存する絵画をそのまま写すのではなく、描かれた事実は知られているものの、いまだ発見されていない絵画をターゲットにしてその画家になりきって空想で描いたといいます。
その際、画家のタッチをまねるだけでなく、日記や自伝などを調べたり、ゆかりの場所を訪ねたりして、画家の人生や作風を徹底的に調べるといいます。
さらに絵の具やキャンバスも画家が活動していた年代と同じ年代のものを入手して描くなど、発覚を免れるための工作を入念に行っていたと説明します。
「目的の1つが金だったことは否定しないが、それ以上に、私の作品を見た人たちが感激している様子を楽しんでいた。たとえ贋作でも見て感動したのならそれでいいではないか」
国内での贋作の指摘は少なくとも3点
国内にはベルトラッキ氏による贋作ではないかと指摘されている絵画が少なくとも3点が確認されています。
いずれもベルリン州警察によるリストに掲載されています。
徳島県立近代美術館「自転車乗り」
最初に疑惑が浮上したのは、徳島県立近代美術館の所蔵するフランス人の画家、ジャン・メッツァンジェが描いたとされる「自転車乗り」です。
美術館は1998年度に大阪の画廊で6720万円で購入しましたが、ことし6月、美術館の関係者が「自転車乗り」をベルトラッキ氏の贋作だと報じる海外メディアの記事を見たことで疑いが浮上しました。
高知県立美術館「少女と白鳥」
そして2点目は、高知県立美術館が所蔵するドイツ人の画家、ハインリヒ・カンペンドンクが描いたとされる絵画「少女と白鳥」です。
1996年に名古屋市の画廊から1800万円で購入しましたが、ことし6月、徳島県立近代美術館から連絡があり、贋作の疑いが浮上しました。
徳島、高知のいずれの美術館でもX線などを使った科学調査を進めていて、今年度中に最終的な真贋の判定を出す予定です。
「アルフレッド・フレヒトハイムの肖像」
そしてもう1つは、東京にあるマリー・ローランサン美術館が所蔵する「アルフレッド・フレヒトハイムの肖像」です。
20世紀前半にフランスで活躍した画家、マリー・ローランサンの作品とされ、吉澤公寿館長が1989年、フランスの画廊からおよそ3000万円で購入しました。
2011年ごろ、美術関係者からの連絡で贋作の疑いが浮上しましたが、当時、吉澤館長は、歴代の所有者を記した来歴に不審点がないことや、購入元が信頼できる画廊だったことなどから、本物だと判断したとしています。
吉澤館長は「100%本物だと証明するのは難しいが、自分は真作だと思う。ただ、贋作だろうが、本物だろうが美しい絵画であることには変わりはない」と話しています。
「肖像」をAIで真贋鑑定 結果は?
ベルトラッキ氏の贋作の可能性が指摘され、マリー・ローランサン美術館が所蔵する「アルフレッド・フレヒトハイムの肖像」について、NHKは美術館の許可を得てスイスの会社にAIによる真贋の鑑定を依頼しました。
依頼したのは、スイスにある「Art Recognition」で、鑑定にあたってはこの会社が独自に開発したAIを使った鑑定システムで行いました。
鑑定は、大量の絵画の画像データをAIに学習させて解析するもので、この会社では5年ほど前から大学の研究機関や個人所有者の依頼を受けているということです。
鑑定にあたって、マリー・ローランサンの絵画470点のほか、別の画家の作品など合わせて2695点をAIに学習させました。
その上で、美術館が所蔵する絵画について、色合いや筆づかい、構図などをAIが分析した結果、72.5%の確率で本物ではないという判断が出されました。
60%を超えると贋作の可能性が高いと判断しているということで、会社の鑑定書には「ローランサンは繊細で流れるような筆づかいが特徴であるものの、この絵はよりスケッチに近い質感だ」と書かれています。
「非常に精巧に描かれた贋作と言える。ただ、制作者は顔を中心に人物像を慎重に描いていたが、背景についてはあまり注意しておらず、AIが強く反応して贋作だと判断した」
この鑑定結果について、絵画を所蔵するマリー・ローランサン美術館の吉澤公寿 館長は「AIの評価は受け止めるが、私は世界で一番、ローランサンの作品を見てきた人間だという自負がある。いまでも絵画の真贋を決めるのは人間だと信じている」と話しています。
高知の美術館 受け止めは…
県立美術館が所蔵する絵画に贋作の疑いが浮上した高知県では、市民から真贋の鑑定を求める声のほか、仮に贋作だとしても展示を続けてほしいなど、さまざまな声が聞かれました。
このうち県立美術館を訪れた高知市の19歳の男子大学生は「美術作品としてはすばらしいものだと思うが、贋作と聞くとやっぱり価値自体が下がってしまう。真相を追究してほしい」と話していました。
一方、須崎市の80歳の男性は「いい意味でも悪い意味でもただ者ではない人物の絵だし、贋作だったとしても展示してもらい、贋作の力というものを見てみたい気がする」と話していました。
高知県立美術館では、X線を使って絵の具に含まれる元素を調べるなど科学調査が行われていて、今年度中にも本物かどうかの最終的な結論を出す方針です。
28年前、絵画の購入を担当した奥野克仁学芸課長は「当時、日本にはあまりカンペンドンクの作品が入ってきておらず、心を躍らせて購入した。作品そのものは非常にレベルの高いもので、贋作の疑いが浮上したときは信じられなかった。美術館が誇る作品として展示してきたので、絵を見て感動した皆さんに申し訳ない」と話していました。