言いいようのない虚脱きょだつ感かんにさいなまれる。そんな状態じょうたいが、10日間にちかんほども続つづきました。

経営けいえいする民宿みんしゅくが被災ひさいし、心身しんしんの不調ふちょうを経験けいけんした珠洲すず市しの女性じょせいがインタビューの途中とちゅう、ふとこう漏もらしました。

「何なにも特別とくべつなものではなく、日常にちじょうを取り戻とりもどしたいだけなんです。いったい元もとに戻もどりつつあるんだろうかって、本当ほんとうに思おもいます」

海うみの幸こうが人気にんきの民宿みんしゅくが

珠洲すず市しの中心ちゅうしん部ぶ、飯田いいだ町まちにある民宿みんしゅく「くにまつ」。

地震じしんの前まえは、近ちかくの海うみでとれた魚さかなの刺身さしみなど能登のとの豊ゆたかな海うみの幸こうをいかした料理りょうりが人気にんきで、ツーリング客きゃくなどリピーターも多おおい宿やどでした。

ことしの1月つき1日にち。

夫おっとと2人にんで民宿みんしゅくを切り盛きりもりしてきたおかみの國くに重じゅう恵子けいこさん（65）は、年末ねんまつ年始ねんしを金沢かなざわ市内しないの娘むすめの自宅じたくで孫まごたちと一緒いっしょに過すごしていましたが、そこに突然とつぜんの強つよい揺ゆれが来きました。

金沢かなざわ市しでも震度しんど5強きょうで、ものすごい揺ゆれに感かんじました。

『まさか、ここが揺ゆれるんだから能登のとじゃないか』

そう思おもってテレビを見みると、震源しんげんは能登のと地方ちほう。

伝つたえられている情報じょうほうは、信しんじられないものばかりでした。

「大変たいへんなことになっている」

すぐにでも珠洲すずに帰かえりたい気持きもちでしたが、道路どうろは各地かくちで寸断すんだんされていました。

「すぐには戻もどらないほうがいい」

心配しんぱいする娘むすめや親戚しんせきから引き止ひきとめられたこともあり、珠洲すずを目指めざしたのは地震じしんから10日にち後ごでした。

6時間じかんほどかけて珠洲すずの市街しがい地ちに近ちかづくにつれて目めに入はいってきたのは、倒壊とうかいした家いえ、また家いえ。

道路どうろにめり込めりこんで壊こわれた車くるま。

見慣みなれていたのとは全まったく違ちがう景色けしきが続つづいていました。

自宅じたくを兼かねた民宿みんしゅくに近ちかづきましたが、がれきがいっぱいでたどりつけないため遠とおいところに車くるまを置おいてがれきの上うえを歩あるいていきました。

たどりついた民宿みんしゅくは、外観がいかんは地震じしんの前まえと変かわりはありませんでした。

しかし、中なかに入はいるとがれきが散乱さんらんし、床ゆかは砂すなだらけ。

押し寄おしよせた津波つなみが、家いえの中なかまで入はいった跡あとでした。

地震じしんのため、壁かべや天井てんじょうにもひびが入はいった状態じょうたいでした。

恵子けいこさん

「『これが現実げんじつなのか』っていうような、何なにか夢ゆめを見みてるような気持きもちでしたね。『珠洲すずは一体いったいどうなってしまうんだろう』っていうことも考かんがえましたね。もう本当ほんとうにひどかったです」

何なにも考かんがえられない10日間にちかん

当時とうじは断水だんすいに加くわえて停電ていでんも続つづいていました。

この状況じょうきょうでは何なにもできないだろうということで、1日にちだけいてまた金沢かなざわの娘むすめの家いえに戻もどってしばらく暮くらすことになりました。

異変いへんが起おきたのはその後そのごのことでした。

自分じぶんでもわからないうちに、恵子けいこさんの体からだと心こころに変化へんかが現あらわれたのです。

眠ねむれない。

食たべられない。

起き上おきあがれない。

自分じぶんでは大丈夫だいじょうぶと思おもっていても、言いいようのない虚脱きょだつ感かんにさいなまれる。

そうやって何なにも考かんがえられない状態じょうたいが、10日間にちかんほども続つづきました。

恵子けいこさん

「もう何なにも考かんがえられない、考かんがえられないのに夜よるは眠ねむれない、食たべられないという状態じょうたいが続つづいて。子こどもたちも周まわりもすごく心配しんぱいしてくれたんですけど、自分じぶんでは『心配しんぱいされるようなことではない』って思い込おもいこんでいて。あとで娘むすめが『絶対ぜったいに震災しんさいのショックが原因げんいんだ』と言いっていました」

“心機しんき一転いってん”改修かいしゅうのやさきで

実じつは恵子けいこさんの民宿みんしゅくが地震じしんの被害ひがいにあうのは、初はじめてではありませんでした。

おととし、去年きょねんと大おおきな地震じしんがあった珠洲すず市し。

去年きょねん5月つきの震度しんど6強きょうの地震じしんでは、外壁がいへきがひび割ひびわれたり、食器しょっきが割われたりして一時いちじ営業えいぎょうができなくなっていました。

その後そのごは客足きゃくあしが徐々じょじょに回復かいふく。

年末ねんまつからは壁かべや玄関げんかん、被害ひがいを受うけてひび割ひびわれた外壁がいへきなどを改修かいしゅうを始はじめていました。

特とくに玄関げんかんは印象いんしょう的てきなものになるよう、入はいってすぐに目めに入はいる正面しょうめんの壁かべを金色きんいろにしました。

恵子けいこさん

「ちょっと民宿みんしゅくにしたら派手はでかなと思おもったんですけど、皆みなさんが入はいっていらした時ときに明あかるい気持きもちとか、幸しあわせな気分きぶんになるかもと思おもって。続つづけて毎年まいとし地震じしんがあったものですから心機しんき一転いってん、地震じしんに対にたいして『負まけないぞ』という思おもいでの改修かいしゅうでした」

そのやさきでの被災ひさいに、もう民宿みんしゅくを続つづけることはできないかもしれないと思おもったといいます。

『これだけ地震じしんにあったんだし、もう年としもどんどんとるから、金沢かなざわ市内しないの近ちかいところに来きたらどうか』

金沢かなざわにいる娘むすめをはじめ、子こどもたちからはそんな提案ていあんもありました。

「おかみさん、心配しんぱいしてます」

起おきられなくなって10日にち以上いじょうたったころ。

恵子けいこさんのもとに、電話でんわやメールが相次あいついで入はいっていました。

「大丈夫だいじょうぶだった？」「おかみさん、心配しんぱいしてます」

以前いぜん宿泊しゅくはくした人ひとたちから、安否あんぴを確認かくにんする内容ないようや励はげましの連絡れんらくでした。

「今いまはもう何なにも考かんがえずに無理むりせずに、片かたづけとかも大変たいへんだろうと思おもうので、体からだを壊こわさないようにしてくださいね」

「元もとに戻もどれたら必かならずまた訪たずねたいので再開さいかいしてください」

恵子けいこさんは、次第しだいに再開さいかいを目指めざそうという思おもいに変かわっていったといいます。

恵子けいこさん

「本当ほんとうに小ちいさな宿やどなのに、たった1度どしか来こなかった方ほうとか、7、8年ねん前まえにいらした方ほうとか。日本にっぽん全国ぜんこくから声こえをたくさんいただいて、最後さいごには必かならず『もし再開さいかいしたら必かならず行いきます』と。たくさんそういうことばをいただいた時ときに、なにか『自分じぶんはまだやらなきゃいけないじゃないか』みたいな。『もう1回かいやれるんじゃないか』っていう気持きもちがちょっと出でてきて、できるところから始はじめよう、と」

それでも続つづく「もどかしさ」

一方いっぽうで、再開さいかいまではまだまだ長ながい道みちのりになることも実感じっかんしています。

恵子けいこさんは3月つきに入はいり、金沢かなざわから珠洲すずに本格ほんかく的てきに戻もどって再建さいけんに向むけた準備じゅんびを始はじめています。

珠洲すず市内しないで停電ていでんが解消かいしょうされると、民宿みんしゅくの電話でんわはひっきりなしに鳴なるようになりました。

ボランティアや応援おうえんの職員しょくいんとして珠洲すず市内しないで活動かつどうする人ひとたちから「宿泊しゅくはくできないか」との問い合といあわせでした。

しかし、多おおくの住宅じゅうたくが被害ひがいを受うけている中なか、業者ぎょうしゃに修繕しゅうぜんを依頼いらいしてもなかなか応おうじてくれるところがありません。

このため、受け入うけいれができない状態じょうたいが続つづいているのです。

恵子けいこさん

「もどかしいですね。本当ほんとうに。それが一番いちばんもどかしいです。復興ふっこうにいらっしゃる方ほうやボランティアにいらした方ほうから見みると建物たてものはちゃんと建たってるのに、お泊とめすることができない。こんなにいろんな人ひとが能登のとの復興ふっこうのために足あしを運はこんでくれようとしているのに、それに応こたえられないというのが一番いちばんつらいです」

さらに、地域ちいき全体ぜんたいが被災ひさいしてしまったことで、今後こんごへ向むけた不安ふあんもあります。

「この先さき、直なおして水道すいどうも使つかえるようになって、じゃあ仕事しごとをしましょうってなった時ときに、仕入しいれるお店みせがなくなっている、少すくなくなっているっていう。実際じっさいには、前まえに進すすみたいけどどうやって進すすめばいいのか分わからないっていうのがあって。だから私わたしたちは、仕事しごとをしようにも、前まえに進すすむ道筋みちすじが立たってないようなところがあって、それも課題かだいです」

「結局けっきょく私わたしたちが求もとめているものって何なにも特別とくべつなものではなくて、日常にちじょうを取り戻とりもどしたいだけなんです。それが、3か月かげつたっても見た目みためは発はつ災わざわい後ごと何なんら変かわってないような。いったい元もとに戻もどりつつあるんだろうかって、本当ほんとうに思おもいます」

「ぜひまた能登のとへ足あしを運はこんで」

最後さいごに、恵子けいこさんは地元じもとの人ひとからかけられたことばの中なかで、再開さいかいへの思おもいを強つよくしたことばを教おしえてくれました。

「私わたしの家いえは全壊ぜんかいしてなくなって珠洲すずでは行いくところがないから、今度こんど戻もどった時ときは泊とめてね」

恵子けいこさん

「聞きいた時ときに、家いえがなくなっても能登のとに、珠洲すずに帰かえってきたい人ひとがたくさんいるんだなっていうことを思おもったら少すこしでもやれたらいいのかなっていう気持きもちになりますね。能登のとの風景ふうけいも海うみも食べ物たべものも全部ぜんぶ好すきだし。子こどもにしても孫まごにしても、やっぱり『おかえり』『ただいま』って言いって迎むかえてやりたいなっていう気持きもちも出でてきて」

そして、メッセージを寄よせてくれた皆みなさんへは、こう話はなしていました。

「能登のとの人ひとは強つよいので、頑張がんばるしかないですね。たくさんの方ほうに激励げきれいいただいたことがこれからの私わたしたちの励はげみになるので、頑張がんばりますから、また再会さいかいできることを願ねがってます。ぜひまた能登のとのほうに足あしを運はこんで来きてくださるとうれしいです」

（能登のと半島はんとう地震じしん取材しゅざい班はん 金澤かなざわ志こころざし江こう）