これを受けて、今週12日の控訴期限を前に、安倍総理大臣は9日朝、閣議に先立って、総理大臣官邸で根本厚生労働大臣、山下法務大臣らと対応を協議しました。
このあと安倍総理大臣は記者団に「今回の判決の内容については一部には受け入れがたい点があることも事実だ。しかし、筆舌に尽くしがたい経験をされたご家族の皆様のご苦労を、これ以上長引かせるわけにはいかない」と述べました。
そのうえで「その思いのもと、異例のことだが控訴をしないこととし、この方針に沿って検討を進めるよう関係大臣に指示した」と述べ、控訴しないことを表明しました。
ハンセン病をめぐっては、元患者が起こした裁判で、平成13年に熊本地方裁判所が、国の賠償責任を認めたうえで国会の責任も指摘した判決を言い渡し、当時の小泉内閣が「極めて異例の判断ではあるものの、早期に解決を図る必要がある」などとして控訴を断念しています。
弁護団「控訴断念を歓迎」
ハンセン病家族訴訟弁護団の鈴木敦士弁護士は「控訴断念の判断は国が責任を認める第一歩で、弁護団、原告団として歓迎する。今後は家族への補償のほか、差別・偏見をなくすための施策について当事者と国が協議する場を設けてほしい」と話しています。
原告「国の控訴断念は当然」
幼いころ、父親が療養所に強制収容された鹿児島県の奄美大島に住む赤塚興一さん(81)は「国の控訴断念は当然だと思います。家族として差別や偏見を受けたことを話すのはつらかったですが、この裁判が最後の機会だと思って訴え続けてきました。今後、教育の現場でハンセン病問題への理解をどう深めていくかが重要になると思います」と話していました。
根本厚労相「早急に具体的な対応検討」
根本厚生労働大臣は、閣議のあとの記者会見で「ご家族におかれては、つらい思いを経験した方も少なくないわけであり、今回の判決にあたっても、ご家族の方々の苦しみに思いをいたし、寄り添った支援をしていくことを基本的なスタンスとして対応を検討してきた。ただ、今回の判決には法律上の重大な問題が含まれ、国民の権利、義務関係に与える影響が大きいことから、控訴せざるをえない側面があるのも事実だ。しかし、安倍総理大臣から、筆舌に尽くしがたい経験をした家族の皆さんのご労苦をこれ以上長引かせるわけにはいかないという思いのもと、異例の措置ではあるが控訴断念の方向で至急、準備に入るよう指示があった。これから関係省庁と協議をして早急に、具体的な対応を検討したい」と述べました。
山下法相「決断の重さ共有」
山下法務大臣は、閣議のあとの記者会見で「安倍総理大臣の、元患者、ご家族の皆様に寄り添いたいという思いによる決断の重さを、閣僚の1人として共有している。今後は、指示に従って至急準備を進めたい」と述べました。
また、安倍総理大臣が「判決内容には、一部受け入れがたい点もある」と述べたことについて、山下大臣は「本日の段階では、どのような点についてかという答えは差し控えたい。いずれ、しかるべき時期にしかるべき形でお話しすることになる」と述べました。
菅官房長官「時効判断 極めて特異ながらも決断」
菅官房長官は閣議のあとの記者会見で、「今回の判決は消滅時効の起算点の判断が極めて特異なものであることなど、法律上、重大な問題があると思っている。しかしながら、筆舌に尽くしがたい経験をされたご家族の皆様のご苦労をこれ以上、長引かせるわけにはいかないという思いのもとに、今回、異例のことではあるが、控訴をしないということにした」と述べました。
また記者団が、元患者の家族が起こしているほかの訴訟や訴訟を起こしていない家族への対応について質問したのに対し、菅官房長官は、「控訴しないという今回の方針に沿って、法務大臣と厚生労働大臣に検討するよう命じたばかりだ。いずれにしろ、安倍総理大臣自身は、ご家族の皆さんのご苦労をこれ以上、長引かせるわけにはいかないという点から判断したということだ」と述べました。
自民 萩生田幹事長代行「政府判断尊重し全面的に支持」
自民党の萩生田幹事長代行は記者団に対し「政府の判断を尊重し与党として全面的に支持したい。どこまでの範囲で補償するかという技術的な問題は残るが、二度と間違いを起こさないためにも、政府として大いに反省し、できることはすべてすべきだ」と述べました。
また、記者団が参議院選挙の期間中だということが政府の判断に影響を与えた可能性があるかどうか質問したのに対し「選挙に合わせて裁判の結果が出たわけではなく、直接の影響はない」と述べました。
公明 山口代表「政治決断を高く評価」
公明党の山口代表は記者団に対し、「控訴断念はあるべき道筋だったと思う。控訴することによって、最終的な救済が長引くより、いち早く苦しみをなくすという政治的な決断を優先したということで、高く評価したい」と述べました。
また、「参議院選挙とは関係がないと思う。当事者の苦悩を救済するという政治決断は早いにこしたことはない。選挙と故意に結び付けるべきではない」と述べました。
国民 玉木代表「決断を評価したい」
国民民主党の玉木代表は、横浜市で記者団に対し「控訴断念の決断を心から歓迎し、評価したい。国の誤った隔離政策によって、筆舌に尽くしがたい苦悩と偏見、差別を受けてこられた元患者と家族の皆さんの無念の思いが少しでも報われることを祈りたい。安倍総理大臣は、元患者や原告団などの関係者と直接会って謝罪を表明すべきだ。厚生労働省を中心に協議の場を設け、真摯(しんし)に応えていくことが必要だ」と述べました。
ハンセン病をめぐる経緯
ハンセン病はかつては「らい病」と呼ばれ、国は感染の拡大を防ぐ目的で昭和28年に「らい予防法」を定め、患者の隔離政策を進めました。
その後、感染力が極めて弱いことが分かり、治療法が確立されましたが、国は患者を強制的に療養所に隔離する政策を続けました。
この隔離政策は平成8年に法律が廃止されるまで行われました。
ハンセン病の元患者たちは「国の誤った隔離政策で人権を侵害された」として、各地で国に賠償を求めた裁判を起こしました。
平成13年5月に熊本地方裁判所が「国は必要がなくなったあとも患者の強制的な隔離を続け、差別や偏見を助長した」などとして国に賠償を命じる判決を言い渡しました。
国と国会はその年に隔離政策の誤りを認めて謝罪し、元患者や遺族が形式的に裁判を起こしたり申請をしたりすれば、補償金などを支払う救済策を設けました。
一方で、元患者本人だけでなくその家族も隔離政策で差別を受けたという訴えについては、国は補償金の対象に含めていません。
平成28年、元患者の家族561人が、国が進めてきた誤った隔離政策によって差別される立場に置かれ、家族関係が壊れるなど深刻な被害を受けたとして、熊本地方裁判所に賠償を求める訴えを起こしました。
熊本地方裁判所は先月28日、「結婚や就職の機会が失われるなど家族が受けてきた不利益は重大だ」などとして、国に対して総額3億7000万円余りを支払うよう命じました。
家族が受けた損害についても国の責任を認めたのは初めてで、国が控訴するかどうかが注目されていました。