北京オリンピックでワリエワ選手は、ロシアオリンピック委員会のメンバーとしてフィギュアスケート団体の金メダルに貢献しましたが、その直後に2021年12月に行われたロシア選手権のドーピング検査で禁止薬物「トリメタジジン」の陽性反応が出ていたことが発覚しました。
この問題を調査したRUSADA=ロシアアンチドーピング機構は去年、「当時15歳だったワリエワ選手は要保護者にあたり過失はなかった」としてロシア選手権のみを失格とする判断を示したことから、これを不服としてWADA=世界アンチドーピング機構などが提訴していました。
そしてCASは29日、「ワリエワ選手は意図的にドーピング違反を行ったわけではないということを根拠を持って立証できなかった」と結論づけ、2021年12月からの4年間の資格停止処分とその間のすべての成績を失格とする裁定を下しました。
ワリエワ選手が当時、「要保護者」であったことは、証拠を十分に検討した結果、裁定には影響を与えなかったとしています。
ただし、ワリエワ選手には30日以内にスイス連邦最高裁判所に上訴する権利があります。
WADA=世界アンチドーピング機構「裁定を歓迎する」
WADA=世界アンチドーピング機構は、CAS=スポーツ仲裁裁判所の発表を受け、今回の裁定を「歓迎する」とした上で、「子どもたちのドーピングは許しがたい。年少者のパフォーマンス向上を目的とした物質を提供した医師やコーチ、そのほかのサポートスタッフは、世界アンチドーピング規程の全責任を負うべきだ」として、『要保護者』にあたる年齢の低いアスリートが巻き込まれるドーピング違反が後を絶たない現状に警鐘をならしました。
海外の選手「周囲が15歳の彼女を守り切らなかった」
今月行われたフィギュアスケート全米選手権の女子シングルで優勝したアンバー・グレン選手は、ワリエワ選手のドーピング違反について、「残念なことに周囲の人たちが15歳の彼女を守り切らなかった。それで彼女は悪夢のような体験をしたし、多くのアスリートにとってオリンピックが汚された」と指摘しました。
そのうえで「ワリエワ選手がすばらしいアスリートであるという事実を失わせてしまうことは誰にもできない。ただ残念ながらいま起きていることのために彼女は才能と努力以上にもっと大きなものを抱え込んでしまった」と話していました。
また、北京オリンピックの団体にアメリカ代表として出場したアイスダンスのエヴァン・ベイツ選手は「北京大会で起こったことは悲痛で、個人の競技者だけではなくフィギュア界全体にとって厳しい事実だ。正当に手に入れた銀メダルを提げて北京をあとにしたかったし、ドーピングをしなかったのにこの問題に巻き込まれたアスリートたちもそうしたかったと思う。早く解決してほしいと願っているが、力の及ばないことでもあるので次のステップに進むよう最善の努力をしている」と話していました。
ロシア ペスコフ報道官「明らかに政治的なもの」
ロシア大統領府のペスコフ報道官は記者団に対し、「明らかに政治的なものだ」と述べ、CASの裁定を非難しました。
そのうえで「上訴する仕組みなどがあれば、必ず行うべきだ。われわれは最後までアスリートの利益を守らなければならない」と強調しました。
カミラ・ワリエワ選手とは
フィギュアスケート女子シングルのカミラ・ワリエワ選手はロシア出身の17歳です。
ロシアで数々のオリンピックメダリストを育てたエテリ・トゥトベリーゼコーチに才能を見いだされ、2020年のジュニアの世界選手権を制するなど頭角を現しました。
2021年から2022年にかけてのシーズンにシニアデビューして、当時15歳で2種類の4回転ジャンプやトリプルアクセルを持ち味に世界最高得点を次々と塗り替え、国際大会で連勝を続けました。
しかし、初出場となったおととしの北京オリンピックではロシアオリンピック委員会の団体での金メダル獲得に貢献しましたが、その後、自身の過去の大会でのドーピング違反が発覚して出場継続の可否が問われる事態となりました。
CAS=スポーツ仲裁裁判所の判断で出場の継続は認められたものの、圧倒的な金メダル候補とされた女子シングルではジャンプにミスが相次ぐなど本来の実力が発揮できず、4位に終わりました。
団体での金メダルを含め北京大会の結果はドーピング違反をめぐる最終的な処分が確定するまで暫定的なものとして扱われることになりました。
北京大会後はロシアによるウクライナへの軍事侵攻を受けてISU=国際スケート連盟がロシア選手の国際大会への出場を認めず、ワリエワ選手も2シーズン続けて国際大会には出場していません。
このため、ロシア国内で開催される大会にのみ出場していて、去年12月に行われたロシア選手権では3位でした。
ドーピング疑惑発覚の詳しい経緯
ロシア出身のフィギュアスケーター、カミラ・ワリエワ選手のドーピング疑惑が発覚したのは、おととし冬に開催された北京オリンピックの期間中でした。
オリンピック初出場のワリエワ選手は最初の種目となった団体にロシアオリンピック委員会のメンバーとして出場すると、大会史上初めて4回転ジャンプを決めるなど金メダルに貢献しました。
しかし、その翌日に行われる予定だったメダルの授与式は中止され、海外メディアは当時15歳のワリエワ選手にドーピング違反の疑いが発覚したためだと報じました。
選手のドーピング検査を担うITA=国際テスト機関は、北京大会前に出場したロシア選手権の検査でWADA=世界アンチドーピング機構が禁止薬物としている「トリメタジジン」の陽性反応が出たと発表。
これを受けて、RUSADA=ロシアアンチドーピング機構はいったんは資格停止処分としたものの、ワリエワ選手側からの抗議を受けて処分は解除され、団体に続いて女子シングルに出場することになりました。
一方で、IOC=国際オリンピック委員会やWADAはロシア側の対応を不服としてCAS=スポーツ仲裁裁判所に申し立てを行うなど、ワリエワ選手の大会出場をめぐり混乱が生じました。
現地ではこの間、ワリエワ選手が圧倒的な金メダル候補であるうえ、組織的なドーピング違反が繰り返されてきたロシア出身の選手であることから“スキャンダル”のことばが飛び交い、本人に対しても疑惑を追及する質問が投げかけられるなど異様な状況となりました。
その後、CASは大会出場の継続を認める判断を示し、その理由について、「15歳のワリエワ選手はWADAの規程で『要保護者』にあたり、制裁が低く定められていること」などを挙げました。
公開された裁定文書では、ワリエワ選手側が祖父が服用していた薬の成分が家庭での生活上の関わりのなかで体内に入った可能性が高く、意図的ではないと主張したことも明らかになりました。
こうした状況のなか北京大会の女子シングルに出場したワリエワ選手は、得意のジャンプにミスが続く本来の実力とはかけ離れた内容で4位に終わりました。
この結果は暫定的なものとして扱われ、継続して調査したRUSADAは去年、ワリエワ選手のドーピング違反を認めた一方で、「過失はなかった」としてロシア選手権のみを失格とする判断を発表しました。
これを不服として、WADAやISU=国際スケート連盟がロシア選手権から北京大会を含む4年間の資格停止処分とその間のすべての成績を失格とすることを求めてCASに提訴し、その裁定が注目されていました。
大会から約2年 いまだ選手にメダル授与されず
北京オリンピックのフィギュアスケート団体は、金メダルがロシアオリンピック委員会、銀メダルがアメリカ、銅メダルが日本でしたが、直後にロシアオリンピック委員会のカミラ・ワリエワ選手にドーピング違反が発覚したため、メダルの授与式は中止されました。
その後もワリエワ選手をめぐる処分が確定せず、競技結果は暫定的なものとして扱われ、大会からおよそ2年がたっても選手にメダルは授与されていません。
今回、CAS=スポーツ仲裁裁判所はワリエワ選手に対し、4年間の資格停止処分とその間のすべての成績を失格とする裁定を下しましたが、北京大会のフィギュアスケート団体の順位の繰り上げについては、関係するスポーツ団体に判断を委ねるとしました。
ロシアオリンピック委員会が失格となれば、アメリカが金メダル、日本が銀メダル、4位のカナダが銅メダルにそれぞれ繰り上がることになります。
ただし、今回の裁定についてワリエワ選手が上訴した場合は、メダルの確定や授与にはさらなる時間がかかる見込みです。