Actualités japonaises: 廃業のレトロな銭湯異例の復活

「そろそろあがるでー！」

男おとこ湯ゆと女おんな湯ゆの仕切しきり越ごしに響ひびく声こえ。

大阪おおさかの商店しょうてん街がいの一角いっかくに、いまでは珍めずらしくなった薪たきぎ（まき）で湯ゆを沸わかす昔むかしながらの銭湯せんとうがあります。

昭和しょうわレトロなこの銭湯せんとう。昭和しょうわ38年ねんの創業そうぎょうから60年ねんにわたって地域ちいきに愛あいされ続つづけてきましたが、2年ねん前まえに一いち度ど、廃業はいぎょうに追い込おいこまれました。

全国ぜんこく的てきに銭湯せんとうが減少げんしょうするなか、廃業はいぎょうから異例いれいの復活ふっかつを遂とげた下町したまちの銭湯せんとう。湯舟ゆぶねにつかりながらその理由りゆうを探さぐりました。

（大阪おおさか放送ほうそう局きょくカメラマン平澤ひらさわ輝あきら龍りゅう）

昭和しょうわ38年ねん創業そうぎょう今いまも残のこる昔むかしながらの銭湯せんとう

大阪おおさか湾わんに面めんした大阪おおさか住之江すみのえ区く。工場こうじょうや住宅じゅうたくが立ち並たちならぶ一角いっかくにその銭湯せんとう「寿ことぶき楽らく温泉おんせん」があります。

昭和しょうわ38年ねん（1963年ねん）創業そうぎょう。周辺しゅうへんは当時とうじ、造船ぞうせんの街まちとして活気かっきを見みせ、造船ぞうせん所しょで働はたらく多おおくの人ひとやその家族かぞくがここで汗あせを流ながしました。

大おおきな煙突えんとつに、入り口いりくちにかかるのれん。その上うえにレトロな文字もじの看板かんばん。

のれんをくぐると出迎でむかえてくれるのは、円型えんけいの木製もくせいの番台ばんだい。なじみのお客おきゃくさんが話はなす声こえが聞きこえてきます。

昭和しょうわ、平成へいせい、令りょう和わ、時代じだいとともに周辺しゅうへんのようすは変かわってきましたが、この銭湯せんとうだけは時じが止とまったように、どこか懐なつかしさを感かんじさせます。

「薪たきぎのお湯おゆってやわらかいんよ」

そんな銭湯せんとうの裏手うらての釜かま場じょうでせわしなく薪たきぎをくべるのは、3代目だいめの浜田はまだ大学だいがくさん（70）。

30歳さいのころに両親りょうしんから銭湯せんとうを引き継ひきつぎ、およそ40年間ねんかん、夫婦ふうふふたりで銭湯せんとうの火ひを守まもり続つづけてきました。

寿ことぶき楽らく温泉おんせんは開業かいぎょう当初とうしょからほとんど変かわらず薪たきぎをたいて湯ゆを沸わかしています。

その日ひの天候てんこうや季節きせつによって湯ゆの温度おんどが変かわるため、常つねに薪たきぎの量りょうを調節ちょうせつしながら温度おんど管理かんりをしているといいます。

重油じゅうゆで沸わかすより手間てまも時間じかんもかかる薪たきぎの銭湯せんとうですが、薪たきぎで沸わかすと肌はだに優やさしいやわらかい湯ゆになると浜田はまださんは言いいます。

浜田はまだ大学だいがくさん

「若わかいときは加減かげんがわからなくて失敗しっぱいばかり。親おやにも怒おこられてばかり。今いまはこの程度ていどでいいな、この時間じかん帯たいはこれぐらいの薪たきぎをくべればいけるかなとわかるようになった。油あぶらだったら、ボタン1つ押おして放はなっておいてもやってくれる。でもやっぱり薪たきぎで沸わかす方ほうがお客おきゃくさんに一番いちばん喜よろこんでもらえるんじゃないかと思おもう。薪たきぎの方ほうがお風呂ふろ屋やさんとしては、やりがいが出でてくるんじゃないかと思おもいます」

薪たきぎの湯ゆを求もとめて訪おとずれる人ひとたち

薪たきぎの湯ゆを目当めあてに銭湯せんとうを訪おとずれるのは、近所きんじょに住すむお年寄としよりから子こどもまで。

まさに老若ろうにゃく男女だんじょ。

なんども張り替はりかえた味あじのあるタイルの浴室よくしつには、体からだを洗あらい合あう親子おやこの姿すがた。

脱衣だつい場じょうでは風呂ふろ上あがりのビールで世間せけん話ばなしに花はなを咲さかせる人ひとたちも。

この銭湯せんとうは地域ちいきの人ひとたちが集あつまる憩いこいの場ばになっています。

心こころを癒やす社交しゃこう場じょう

近所きんじょに住すむ安永やすなが君子きみこさんは、この銭湯せんとうができた当初とうしょから60年ねん以上いじょう通かよい続つづけています。

夫おっとに先立さきだたれ、年金ねんきんを頼たよりにひとりで生活せいかつする安永やすながさんにとって、今いまはこの銭湯せんとうにいる時間じかんが一番いちばんの癒やしになっているといいます。

安永やすなが君子きみこさん

「ひとりで不安ふあんなこともあるけれど、あそこに行いったら人ひとと会あえるなって。知り合しりあいが多おおいからいろんな世間せけん話ばなしをしたり、あの奥おくさん最近さいきんみないけどどうしたのって安否あんぴ確認かくにんもできる。憩いこいの場所ばしょだからなかったら困こまります」

多おおいときには1日にち100人にん以上いじょうがこの銭湯せんとうに足あしを運はこびます。

安永やすながさんと同おなじようにひとりで生活せいかつしている高齢こうれい者しゃも多おおく、今いまはこの銭湯せんとうが単たんに入浴にゅうよくする場所ばしょではなく、人ひとと人ひとをつなげる交流こうりゅうの場ばにもなっています。

時代じだいの変化へんかとともに銭湯せんとうも・・・

今日きょうまで約やく60年ねんに渡わたり、人々ひとびとの疲つかれを癒やしてきた寿ことぶき楽らく温泉おんせん。

しかし、時代じだいが変かわるとともに、銭湯せんとうを取り巻とりまく環境かんきょうも変化へんかしてきました。

たくさんの人ひとでにぎわった造船ぞうせん所しょのあるこの地域ちいきも、昭和しょうわの高度こうど成長せいちょう期き以降いこう、風呂ふろ付つきの家いえが増ふえ、銭湯せんとうを必要ひつようとしない人ひとが増ふえていきました。

加くわえて、ここ数すう年ねんは燃料ねんりょう費ひの高騰こうとうが続つづき、料金りょうきんを10円えん20円えんと上あげていくたびにお客おきゃくさんの数かずも徐々じょじょに減へっていったといいます。

苦渋くじゅうの決断けつだん

そうした状況じょうきょうでも費用ひようを工面くめんし、浴槽よくそうのタイルを貼はり替かえたり、釜かまを新あたらしくしたりと、何なんとか銭湯せんとうを維持いじしてきた浜田はまださん。

しかし、体力たいりょく的てきに限界げんかいを感かんじ始はじめます。

たくさんの人ひとに親したしまれてきたこの銭湯せんとうを残のこしたいと後継あとつぎを探さがしますが、手てを上あげる人ひとを見みつけることはできませんでした。

悩なやみぬいたすえ、浜田はまださんは廃業はいぎょうを決断けつだんしました。

浜田はまだ大学だいがくさん

「ここをやめたらこの辺あたりに銭湯せんとうはもうないんです。地域ちいきの人ひとからはやめんといてくれという声こえもありました。でも毎年まいとし毎年まいとし料金りょうきんは上あがるし。経営けいえい的てきには本当ほんとうに厳きびしかった。蓄たくわえていたものが出でていくばっかり。後継あとつぎも1年ねん半はんかけて探さがしたけれど、誰だれ1人にん出でてこなかったんです。やめざるを得えませんでした」

こうした後継こうけい者しゃ不足ふそくや施設しせつの老朽ろうきゅう化かのなか廃業はいぎょうに追い込おいこまれていく銭湯せんとうがあとを絶たちません。

大阪おおさか府ふ公衆こうしゅう浴場よくじょう組合くみあいによると、ピーク時じの1968年ねんには2358件けんあった大阪おおさか府ふの銭湯せんとうの数かずは年々ねんねん減少げんしょうし、2023年ねん8月つき時点じてんでおよそ10分ぶんの1の277件けんにまで減へっているということです。

解体かいたい寸前すんぜんに現あらわれた救すくいの手て

廃業はいぎょうからおよそ半年はんとしがたった2022年ねん3月つき。

いよいよ建物たてものを解体かいたいする日ひが迫せまりました。

工事こうじの打ち合うちあわせをしていた浜田はまださんの前まえにひとりの男性だんせいが現あらわれます。

近所きんじょで病院びょういんを運営うんえいする医師いしの三木みき康彰やすあきさんです（64）。

三木みきさんはその日ひ、いつもの犬いぬの散歩さんぽコースを偶然ぐうぜん外はずれて寿ことぶき楽らく温泉おんせんの前まえを通とおりかかりました。

銭湯せんとうの前まえにいた関係かんけい者しゃから解体かいたいについて聞きいた三木みきさんは、浜田はまださんたちに、銭湯せんとうの中なかを見学けんがくしたいと申し出もうしでました。

ひと通ひととおり見学けんがくを終おえると、三木みきさんはこう言いいました。

「経営けいえいを引き継ひきつがせてくれませんか」

見学けんがくを始はじめて1時間じかんもたっていませんでした。

もともと街まちの銭湯せんとうが好すきだったという三木みきさんですが、引き継ひきついだのには長年ながねん地域ちいきの人々ひとびとの健康けんこうを守まもってきた医師いしとしての視点してんがありました。

三木みき康彰やすあきさん

「地域ちいきの高齢こうれい化かが進すすむ中なか、外そとへ出でて人ひとと会あうのはとても大切たいせつなことなんです。寿ことぶき楽らく温泉おんせんを中心ちゅうしんに老若ろうにゃく男女だんじょが集あつまれば、心身しんしんの健康けんこうを促うながし精神せいしん的てきな病気びょうきも避さけられると思おもいます。かつてにぎわいがあった街まちを知しる住民じゅうみんの一員いちいんとしても、銭湯せんとうを残のこしたい気持きもちが強つよかったんです」

幼おさないころに家族かぞくや友人ゆうじんと銭湯せんとうに行いき、ふだん家かや学校がっこうでは会あわないような人ひとたちに出会であった思い出おもいでが今いまでも残のこっていると話はなす三木みきさん。

そういった地域ちいき交流こうりゅうの拠点きょてんを今後こんごも残のこしていきたいという住民じゅうみんとしての視点してんも銭湯せんとう経営けいえいへの挑戦ちょうせんを後押あとおししたといいます。

突然とつぜんのことに驚おどろいた浜田はまださんでしたが、三木みきさんが本気ほんきであることを感かんじ、銭湯せんとう経営けいえいを譲ゆずると快諾かいだくしました。

浜田はまだ大学だいがくさん

「こっちは取り壊とりこわす気持きもちでいましたから。1週間しゅうかん後ごに。見みられるだけ見みて帰かえられると思おもってたんです。それが全まったく反対はんたいで、お風呂ふろをさせてくださいとその場ばで言いわれたんです。驚おどろきましたね、ほんとにあの時ときは」

再ふたたび釜かまに火ひがともされる

こうして偶然ぐうぜんの出会であいにより、寿ことぶき楽らく温泉おんせんは開業かいぎょう60年ねん目めとなることし2月つきに復活ふっかつを遂とげました。

現在げんざいは三木みきさんの運営うんえいする病院びょういんのスタッフが交代こうたいしながら番台ばんだいや掃除そうじを担当たんとうしています。

浜田はまださんは店主てんしゅという立場たちばからは退しりぞきましたが、今いまも釜かま場じょうに立たち続つづけています。

銭湯せんとうの仕事しごとに不慣ふなれなスタッフたちに薪たきぎを使つかったお湯おゆを沸わかす技術ぎじゅつを教おしえながら、再ふたたび銭湯せんとうを続つづけられることに喜よろこびを感かんじているといいます。

浜田はまだ大学だいがくさん

「風呂ふろをもう一度もういちどやってもらえませんかと言いわれたときは、祖父母そふぼ、両親りょうしんの顔かおも浮うかびました。私わたしはほかの仕事しごとに就ついたことがないんです。お風呂ふろ屋やをやるべくして残のこった人間にんげんだなと思おもっています。私わたしにとってこの仕事しごとは、一番いちばん愛着あいちゃくがありますし、両親りょうしんも喜よろこんでくれてるんじゃないかな」

この街まちとともに

復活ふっかつした銭湯せんとうに、再ふたたび地域ちいきの人ひとたちが戻もどってきました。

銭湯せんとうの経営けいえいを引き継ひきついだ三木みきさんは、休憩きゅうけい所しょのスペースを利用りようした健康けんこう診断しんだんや音楽おんがくイベントなどを開ひらく予定よていで、今後こんご、この銭湯せんとうを地域ちいきの交流こうりゅう拠点きょてんにしていきたいと話はなしています。

三木みき康彰やすあきさん

「みんなと顔かおを合あわせて話はなせる場所ばしょになったらいいですね。1日にちテレビを見みて過すごされる高齢こうれい者しゃも多おおいので1日にち1回かいこういう場所ばしょに来きて、人ひとと会あって汗あせを流ながしてもらう。そういう心こころの面めんでも、体からだの面めんでも健康けんこうにつながるような銭湯せんとうとして10年ねん20年ねん先さきも残のこしていけるように頑張がんばってきたいと思おもいます」

浜田はまだ大学だいがくさん

「（三木みきさんは）寿ことぶき楽らく温泉おんせんはまだまだやれるんじゃないかと、銭湯せんとうの良よさをよく理解りかいしてくれている。火ひを消けしたらあかん、地域ちいきの活性かっせい化かに貢献こうけんしたい、という私わたしの思おもいもありましたし、三木みきさんの思おもいもある。私わたしも身体しんたいが続つづくかぎり続つづけていきたいです」

これからもずっと残のこってほしい

街まちの銭湯せんとうが減へりゆく中なか、なぜこの寿ことぶき楽らく温泉おんせんは復活ふっかつしたのか。

ひょんな疑問ぎもんから始はじめた取材しゅざいでしたが、私わたしも浴室よくしつに入はいったとき、聞きこえてくる桶おけの音おとや懐なつかしい形かたちの蛇口じゃぐち、木きの札さつが鍵かぎになっている下駄げた箱ばこなどを見みて、忘わすれていた子こどもの頃ころの記憶きおくが次々つぎつぎとよみがえってきました。