「私人逮捕」を繰り返す背景には、何があるのでしょうか。
11月13日、「煉獄コロアキ」の名前で活動する杉田一明容疑者(41)は、ことし9月、帝国劇場の周辺で、18歳の女性に対し「チケットを不当に転売している」と言いがかりをつけて中傷する動画を投稿したとして、名誉毀損の疑いで逮捕されました。
警視庁によりますと、女性は友人と待ち合わせをしていただけで、転売などには関わっていませんでした。
また、12月1日には、ことし9月に葛飾区の金町駅付近の路上にいた男性に対し、「交番に行きましょう」などと言って服や腕をつかんで不当に拘束した疑いでも再逮捕されました。
一方、11月20日には、「ガッツch」を運営する中島蓮こと今野蓮容疑者(30)が逮捕されました。
警視庁によりますと、ことし8月、違法薬物を所持する犯人を捕まえる動画を撮影する目的で、インターネットの掲示板に「一緒に使いたい」などと女性を装ったうその書き込みをして、覚醒剤を買って持ってくるようそそのかしたとして、覚醒剤取締法違反の教唆の疑いがもたれています。
いずれも盗撮や痴漢といった犯罪が疑われる情報を視聴者などから募集していましたが、今回は私人逮捕する行為そのものや、情報を募集して撮影し、ネット上に公開するまでの過程に、違法性があると判断されました。
警視庁の捜査関係者は「収益目的の動画を撮影するために法律を都合のいいように曲解した悪質な事案だ。逮捕した件は正義感を振りかざした“捜査まがい”の犯罪だった」と指摘しています。
「私人逮捕」とは
「私人逮捕」は、警察官や検察官などの捜査機関ではない一般人が犯人を逮捕することで、刑事訴訟法で認められています。
ただ、「現行犯」もしくは「準現行犯」、つまり、犯罪を行っているときや、犯罪を行い終わってからまもないと明らかに認められる場合に限られ、
▽「この人は泥棒です」などと呼ばれて追いかけられている場合や、
▽血のついたナイフなど明らかに犯罪に使ったとみられる凶器などを持っている場合、
▽衣服に血が付いているなど犯罪の顕著な証拠がある場合、
▽呼び止められて逃走しようとする場合などが、
該当するとされています。
また、一般人が私人逮捕をした場合には、すみやかに警察官や検察官などに引き渡さなければならないと規定されています。
警察庁によりますと、刑法犯の私人逮捕は去年1年間におよそ330件あり、その7割は万引きなどの窃盗事件だったということです。
容疑者 活動続ける理由など話す
「ガッツch」を運営していた中島蓮こと、今野蓮容疑者は、逮捕前の11月、NHKの取材に応じ、活動を続ける理由や私人逮捕の考えについて話していました。
今野容疑者は「私がやっているのは痴漢盗撮の撲滅活動で、私人逮捕がメインではない。私人逮捕できることも知っていたので、痴漢盗撮の撲滅活動を主な活動にした」と話し、活動の目的は痴漢や盗撮などの犯罪行為の撲滅で、そのための手段として私人逮捕を行っていると強調しました。
一方で、過激な場面が多いことについては、「YouTubeで広告収入を得て、動画を公開して活動費にしていたので、撲滅活動としてもだが、収入面、活動費を賄う点でも再生回数を意識した。再生回数を多く稼がないといけなかったので、ある程度のエンタメの要素を追及した動画作りになって、過激な要素がかなり多いものになっていたと思う」と話していました。
別のユーチューバーが逮捕されたことにも触れ、「やっぱりこれだけ世間を騒がせてしまっているので、警察としても言い方が悪いですが、見せしめの部分がかなり強いのかなと思っています。私もそういった意味合いで逮捕される可能性はあると思います」と話していました。
ほかの動画にも問題視する声が
今野容疑者が公開した動画の中には、覚醒剤を持ってくるようそそのかした動画以外でも、問題視する声が上がっています。
10月下旬に公開した、JR埼京線内で痴漢をしたとされる人を捕まえようとした動画では、容疑者から逃げようとした男性が階段から転げ落ちる様子や、取り押さえるために羽交い締めにする様子がうつっています。
これについて、ユーチューブやXに寄せられたコメントの中には、
▽「活動が抑止力になっている。存在意義は非常に大きい」とする意見がある一方で、
▽「一般人を巻き込むけがとえん罪に気をつけてほしい」とか、
▽「危険だ。いつか大事故が起きる」といった批判的な意見も書き込まれています。
また、10月中旬に公開した、覚醒剤の取り引きの情報をつかんだなどとした金町駅の動画では、今野容疑者は、接触した男性が覚醒剤を所持しているとして、警察官に引き渡すために押し倒す様子がうつっています。
これについては
▽「どんどん捕まえてほしい」という賛同の声がある一方で、
▽「私人逮捕の現行犯の要件を満たしているのか疑問だ」
▽「捜査妨害では」
▽「再生回数を稼ぐためなら、それを正義と呼んでいいのか疑問だ」といったコメントが寄せられていました。
警視庁によりますと、通報を受けた警察官が男性の所持品を検査しましたが、違法薬物は確認できなかったということです。
捜査関係者は「薬物事件は、現行犯逮捕であっても、持っているものが本当に違法薬物かどうかの確認が求められる。“おとり捜査”まがいの行為は適切ではないと考えている」と話していました。
ユーチューバーによる「私人逮捕」に賛否の声
ユーチューバーによる私人逮捕については、賛否の声が聞かれました。
20代の男性は「逮捕はきちんとした権限のある人がやるべき。YouTubeなどにアップされるとエンタメとしてまねする人が出るおそれもあるので、運営側にもしっかり取り締まってほしい」と話していました。
20代の女性は「友人や身近な人が痴漢や盗撮の被害に遭い、犯人が捕まらなかったらと考えると、活動のすべてを否定することはできない。ただ活動するのであれば誠意をもってやらないと逆効果になると思う」と話していました。
一方、10代の男性は「やりとりに緊張感があり、犯人と思われる人が警察に引き渡される瞬間はスカッとして見てしまう。私人逮捕されるかもしれないと思えば、公共の場で犯罪行為をする人も減るのではないかと思う。ただ、プライバシーの保護など最低限のルールと法律を守ってやるべき」と話していました。
専門家「逮捕に伴い有形力行使するのは最低限であるべき」
元検察官で刑事訴訟法に詳しい中村天洋弁護士は、「私人逮捕」が認められるのは現行犯か準現行犯に限られるとしたうえで、「普通に生活している人が身体を拘束されて自由を奪われるということは、人権の大きな制限になるので、適切な判断を経なければならない。私人逮捕でも、令状による裁判官の審査が必要ないくらい明らかに犯罪をしていて、要件を満たす場合に認められるべきで、逮捕に伴って何らかの有形力の行使をするのは最低限であるべきという考えがある」と指摘しました。
また、十分に法律の知識がない人が安易に私人逮捕をすることについては「私人逮捕は要件を判断するのが難しく、勝手に拡大解釈をすると適法な範囲を超えてしまう可能性が高い。新たな被害者を生んだり、取り返しのつかないことになったりする可能性があるので、違法かもしれないけどもやるというのは、個人的には賛同できない」と話しました。
そのうえで「背景には、SNSにアップすることで誰かにほめられたり、承認欲求を満たせたり、場合によってはお金ももらえるという側面があるので、逮捕される可能性がある、刑罰を受ける可能性があるということをちゃんと理解し、そうした情報を広めていく必要があると思う」と話していました。