日本製鉄は2023年12月、アメリカの大手鉄鋼メーカー、USスチールを買収することで両社で合意しました。
その後、アメリカ政府のCFIUS=対米外国投資委員会が安全保障上のリスクに関する審査を進めてきましたが審査の期限とされていた先月23日までに全会一致に至らず、買収を認めるかどうかの判断がバイデン大統領に委ねられました。
アメリカのホワイトハウスは3日、バイデン大統領がこの買収計画について禁止する命令を出したことを明らかにしました。
発表文ではこの買収がアメリカの国家安全保障を損なう恐れがあると信じるのに十分な証拠があるとして国家安全保障上の懸念を理由に挙げています。
そして「日本製鉄とUSスチールはこの命令の日付から30日以内に取引を完全に放棄するために必要なすべての措置を講じなければならない」と命じています。
こうした措置はアメリカ合衆国憲法および国防生産法の改正法を含む法律により大統領に与えられた権限によって命令すると記しています。
日本企業によるアメリカ企業の買収が大統領の命令で阻止されるのはこれが初めてとなります。
同盟国である日本の企業の投資を大統領が阻止する異例の事態となりました。
バイデン大統領の声明
買収の禁止を命じたバイデン大統領は、3日、声明を発表しました。
この中では「これまで何度も述べてきたように鉄鋼の生産と鉄鋼産業の労働者はアメリカの屋台骨である。国内で所有・運営される強固な鉄鋼産業は、国家安全保障上不可欠であり、強じんなサプライチェーンにとって極めて重要だ。アメリカの鉄鋼は国のインフラや自動車産業、防衛産業の基盤を支えているからだ」としています。
また「外国企業が人為的に低く設定した価格で鉄鋼を世界市場に投げ売りする不公平な貿易慣行が長きにわたって続き、アメリカの鉄鋼会社は雇用の喪失と工場の閉鎖に直面してきた。私は中国から輸入される鉄鋼製品に対する関税を3倍に引き上げることでアメリカの鉄鋼労働者と生産者の競争条件を公平にするための断固とした措置を講じた。国益を代表してこの闘いを主導し続けるためには国内の製鉄能力の多くを占めるアメリカの大手企業が必要だ。この買収計画は、国内最大の鉄鋼会社の1社を外国の支配下に置きアメリカの国家安全保障と重要なサプライチェーンにリスクをもたらす」と指摘しています。
その上で「だからこそ私はこの取り引きを阻止するために行動を起こしている。現在、そして将来にわたってアメリカが国内で所有・運営される強力な鉄鋼産業をもち国内外で強みを維持することができるようにすることは大統領としての私の責任だ。本日の措置はアメリカの国家安全保障を守るために大統領としてあらゆる権限を活用するという私の揺るぎない決意を示すものだ」と強調しています。
全米鉄鋼労働組合委員長「大統領の決定を歓迎」
日本製鉄によるアメリカの大手鉄鋼メーカー、USスチールの買収計画についてバイデン大統領が禁止する命令を出したことを受けて、アメリカの鉄鋼業界の労働組合、USW=全米鉄鋼労働組合のマッコール委員長はコメントを発表し「バイデン大統領の決定を歓迎する。これが組合員や国家安全保障にとって正しい行動であることに疑いはない」としています。
そして、マッコール委員長は「USスチールが将来にわたって雇用や健全な地域社会、そして、強固な国家・経済安全保障を支え続けることを確信している」として、雇用の維持だけでなくアメリカの経済安全保障のためにも責任ある経営を続けるよう求めました。
USWは、これまでも一貫して今回の買収計画に反対し、日本製鉄側の対応を批判してきました。
大統領補佐官 日本との同盟関係に変わりないと強調
アメリカ・ホワイトハウスのカービー大統領補佐官は、バイデン大統領が日本製鉄の買収計画を阻止したことについて3日、記者から「太平洋地域で最も緊密な同盟国による買収の機会を拒んだことで、パートナーとしてのアメリカの信頼性が揺らぐのではないか」と質問を受けました。
これに対し、カービー補佐官は「この決定は日本をめぐるものではない。アメリカ最大の鉄鋼製造の企業をアメリカ資本の企業として維持することについての決定だ。日本との特別に緊密な関係や、同盟関係についての決定ではない」と述べて、日本企業による買収計画であることはバイデン大統領の判断に影響を与えておらず、日本との同盟関係に変わりはないと強調しました。
武藤経済産業相「理解しがたく残念」
日本製鉄によるUSスチールの買収計画に対し、バイデン大統領が禁止する命令を出したことについて、武藤経済産業大臣は、「国家安全保障上の懸念を理由としてこのような判断がなされたことは理解しがたく、残念だ」とコメントしています。
その上で、「日米双方の経済界、とりわけ日本の産業界からは今後の日米間の投資について強い懸念の声があがっており、日本政府としても重く受け止めざるを得ない。今回の判断に関する説明も含め懸念の払しょくに向けた対応をバイデン政権側に求めていく」としています。
NYタイムズ「開かれた投資からの逸脱」
今回のバイデン大統領の決定について、アメリカの有力紙ニューヨーク・タイムズは「アメリカで培われた開かれた投資という文化からの逸脱だ」と指摘しています。
その上で「この措置によって海外の投資家は、政治的に重要な州に拠点を置く敏感な産業を担うアメリカ企業の買収が賢明なのかどうか考え直すこともあるだろう」として、大統領選挙で激戦となった東部ペンシルベニア州にUSスチールが本社などを置いていることも判断に影響したという見方を示しました。
そして「アメリカの同盟国であり、アメリカへの最大の投資国の1つである日本との関係を混乱させる可能性もある」として、日米の関係にも影響を及ぼすおそれがあると指摘しています。
ウォール・ストリート・ジャーナルは今回の決定は、一貫して買収計画に反対してきたUSW=全米鉄鋼労働組合の勝利だとした一方、「124年の歴史があるUSスチールの将来に暗い影を落とす」としてUSスチールの今後の経営に懸念があると伝えています。また「バイデン大統領による買収計画の拒否は、アメリカ政府が自国の企業を保護する政策に傾いていることを示す最新の兆候だ」と報じています。
【解説】禁止命令 なぜ? USスチール 今後は?
解説動画2分8秒。ワシントン支局 小田島拓也記者
(4日午前7時のニュースで放送。データ放送ではご覧頂けません。)
Q.なぜ、バイデン大統領は、禁止命令を出したのか。
A.やはり政治的な信条が強く優先されたためと見られている。バイデン大統領は自身を「史上最も労働組合を大切にする大統領」と強調し、労働者や中間層に寄り添う姿勢を示してきた。民主党の支持基盤である、労働組合が反対する買収計画である以上、その意向を大切にする、つまり買収を阻止するのが自分の使命だとの思いが強かったとみられる。
大統領選挙の後でも買収に反対を貫いたのは、自分は退いても民主党=労働者を大切にする党というイメージを崩したくないという強い思いがあったとの見方もワシントンでは耳にする。ましてやトランプ次期大統領が労働者の間にも支持を広げ、今回の買収にも繰り返し反対の意向を表明する中、バイデン大統領としてはなおさらこの買収計画を承認するわけにはいかなかったのだろう。
Q.USスチールは、今後どうなるのか?
A.業績は厳しい。2024年10月から12月の決算では最終赤字に陥るとの見通しを会社は発表している。日本製鉄による買収や追加の投資がなければ成長戦略は描けないとも指摘されている。
一方、買収に反対してきた、トランプ次期大統領は、外国からの製品に関税を課して、国内の鉄鋼産業を守るとともに、減税によって産業の復活を目指すとしている。ただ、鉄鋼産業は、コスト競争力が高い中国企業が世界市場で圧倒的な存在感を誇っている。
保護主義的な政策によって企業を支え続けられるのか、今回の判断によってかえって鉄鋼産業の衰退や雇用の喪失に拍車がかかる恐れもある。
買収計画 政治的論争の的に
この買収計画は2023年12月の発表以降、政治的な論争の的となってきました。
トランプ氏は2024年1月末「ひどい話だ。私なら即座に阻止する。絶対にだ」と述べ、大統領に再び就任した場合には、買収を認めない考えを明らかにしました。
このおよそ1か月半後、去年3月中旬に今度は、バイデン大統領が「USスチールは国内で所有、運営されるアメリカ企業であり続けることが不可欠だ」とする声明を出し、日本製鉄による買収に否定的な考えを示しました。
大統領選挙を控える中、民主党の支持基盤で集票力がある鉄鋼業界の労働組合、USW=全米鉄鋼労働組合が反対の意向を表明していることが背景にあると指摘されてきました。
その後、バイデン大統領は去年4月中旬に東部ペンシルベニア州ピッツバーグにあるUSWの本部を訪れて演説。
この中で、USスチールは1世紀以上、アメリカの象徴的な企業だとした上で「完全にアメリカ企業であり続けるべきだ。アメリカ人によって所有され、世界で最も優秀な鉄鋼労働組合の組合員によって操業される企業であり続けることを約束する」と述べて改めて買収に否定的な考えを明確にしました。
民主党の大統領候補となったハリス副大統領も去年9月に行った演説で「USスチールはアメリカ国内で所有され、運営される企業であり続けるべきだ」と述べ、同様の考えを表明しました。外国企業によるアメリカ企業の買収は、国家安全保障や日本の独占禁止法にあたる観点から審査が行われるケースが多くありますが、この審査結果が出る前に現職の大統領や副大統領が態度を表明するのは極めて異例のことでした。
こうした状況は大統領選挙後も続きます。トランプ次期大統領は先月2日、自身のSNSで買収計画について「全面的に反対する」などと投稿し、改めて阻止する考えを示しました。
この中でトランプ氏は、「かつて偉大で強力だったUSスチールが、外国の企業、今回の場合は日本製鉄に買収されることに全面的に反対する」とした上で「大統領として私はこの取り引きを阻止する。買収者は注意せよ」として日本製鉄側への警告とも受け取れる内容を記しています。
アメリカ政府のCFIUS=対米外国投資委員会が安全保障上のリスクに関する審査を進めてきましたが審査の期限とされていた先月23日までに全会一致に至らず、買収を認めるかどうかの判断はバイデン大統領に委ねられていました。