ヴィッセル神戸 相手の猛攻をしのぎ初優勝
J1首位のヴィッセルは、ここまで勝ち点を「65」とし2位の横浜F・マリノスとの勝ち点の差を「1」としていて、25日の試合に勝てば初優勝が決まる中、ホームの神戸市で5位の名古屋グランパスと対戦しました。
ヴィッセルは前半12分、井出遙也選手のゴールで先制すると、14分には、武藤嘉紀選手の今シーズン10点目となるゴールで追加点を挙げました。
ヴィッセルは試合を優位に進めていましたが、30分、グランパスに1点を返され、2対1と1点リードで前半を折り返しました。
後半は両チームともに決め手を欠く展開が続き、試合終盤は、グランパスの攻撃をヴィッセルが全員の守備で守り切り、このまま2対1で勝ちました。
ヴィッセルは、勝ち点を「68」に伸ばし、2位との勝ち点の差を「4」に広げ、最終節を残して優勝を果たしました。
ヴィッセルは1995年のを果たしました。
《ヴィッセル神戸 監督・選手談話》
吉田孝行監督「選手、スタッフ、サポーターを誇りに思う」
ヴィッセル神戸の吉田孝行監督は試合後のインタビューで「長い間サポーターは待っていたと思う。本当に選手、スタッフが一丸となってやってくれた。選手は今シーズン、第1節からここまで走り続けてくれた。チーム内での競争があり、その競争に勝った選手が責任持って役割を果たしてくれた」と今シーズンを振り返りました。その上で「選手たちには毎試合の映像を見せて『ここがだめだ』『ここがよい』と修正してやってきたので、選手、スタッフを誇りに思う。そして、この雰囲気作ってくれたサポーターを誇りに思う」と話すと、会場からは大きな拍手が送られていました。
また試合後の記者会見で「選手にはいつもどおりの攻守にアグレッシブなサッカーをしようと声をかけた。プレッシャーもなく、みんなでやってやるぞといういい状態で試合に入れた」と試合を振り返りました。
そして、阪神淡路大震災の年に誕生したチームが初優勝を果たしたことについて「震災とは切っても切れないチームだし、何かできないかと先輩たちがいろんなことを成し遂げてくれた。震災のことが忘れられることがないよう『ヴィッセル神戸はこういうクラブなんだよ』と次の世代にも伝えていきたい」と話していました。
大迫勇也「僕らがやってきたことをすべて出せた」
2得点に絡む活躍を見せたエースの大迫勇也選手は試合後のインタビューで「このために日本に戻ってきたので最高だ。いつも通り、僕らが今までやってきたことを前半の最初からすべて出せた。それが優勝に繋がった。自分たちを信じて戦うだけだった」と試合を振り返りました。また「今シーズンは若い選手が必死に成長した。そして、自分たち経験のある選手がそれを引っ張れたことがチームとして強かった。優勝できたことを誇りに思うので、全力で喜びたい」と話した上で、最後にサポーターへ向けて「皆さんはずっと待っていたと思うので喜びましょう」と話すと、会場は大きな拍手に包まれました。
山口蛍「経験したことのないようなうれしい気持ち」
後半に途中出場した山口蛍選手は試合後のインタビューで「経験したことのないようなうれしい気持ちだ。試合終了のホイッスルが鳴る5分前くらいから気持ちが出ていたくらい、うれしかった」と振り返りました。また「個人的には最後、チームにすごく迷惑をかけた。この試合に間に合うかどうかギリギリだった。その中で、家族の支えとチームメートの支えがあり、最後にこういう形で戻って来られてよかった」と、目に涙を浮かべながら話していました。
三木谷浩史会長「きょうで歴史が変わった」
ヴィッセル神戸の三木谷浩史会長は試合終了後、試合を見届けたファンを前に「サポーターの皆さん、長いことお待たせしました。皆さんの力のおかげでチャンピオンになれました。神戸市から2003年に、ヴィッセル神戸の経営が危機的な状況だと言われ、最初はお断りしようと思いました。ただ『私が引き受けないとどうなりますか?』と尋ねると『クラブは消滅します』と言われたので、大きな損を出すことは分かっていましたがこれも何かの縁だと引き受けました。きょうで歴史が変わりました。これからも選手、スタッフ一丸で神戸市と兵庫県を盛り上げていきたいと思います」とあいさつしました。
《ヴィッセル神戸 今季の軌跡》
今シーズンのヴィッセルはJ1で唯一、開幕から3連勝して勢いに乗り、シーズン序盤から首位に立ちました。シーズンの中盤には前年王者の横浜F・マリノスが6連勝で追い上げて、6月と8月にF・マリノスに首位を明け渡すなど、この2チームが激しい首位争いを繰り広げました。
それでもヴィッセルは9月に再び首位に立つと、F・マリノスと勝ち点わずか「1」の差で迎えた9月29日のアウェーでの直接対決に2対0で勝って勝ち点の差を広げると、そのまま逃げ切り初優勝を果たしました。
“好守で走り抜くサッカー”徹底で初優勝引き寄せる
クラブ初のJ1優勝を引き寄せた要因はを徹底したことでした。
昨シーズン途中から指揮をとる吉田孝行監督のもと、チームがまず統一を図ったのが前線から相手にプレッシャーをかけ、ボールを奪ってから一気に攻撃へとつなげることでした。
フォワード登録の武藤嘉紀選手などが前線からの守備で相手からボールを奪い、日本代表や海外での経験が豊富なエースストライカー、大迫勇也選手が攻撃の起点となってゴールを量産。大迫選手は5月と7月の月間MVPに輝き、チームを勢いづけました。
チームがで好調を維持する中、レギュラーから外れ出場機会が減っていたアンドレス・イニエスタ選手が7月に退団。さらに対戦が2巡目に入ると大迫選手へのマークが厳しくなりましたが、若手選手の活躍がチームを支えました。
大きく成長した一人が佐々木大樹選手です。24歳の佐々木選手はこれまでリーグ通算わずか2得点だったものの今シーズンはゴール前での勝負強さを見せて7得点をあげました。エースの活躍と若手の成長で得点数は昨シーズンのリーグ12位から、今シーズンはリーグ2位に向上しました。
さらに守備面でも成果が現れました。フォワードの武藤嘉紀選手、ミッドフィルダーの山口蛍選手、ディフェンダーの酒井高徳選手などが中心となってポジションにかかわらず全員で最後まで走りぬき、相手に決定機を与えず、失点の少なさはリーグ3位となっています。攻守に安定した力を見せたヴィッセルはシーズンを通して一度も連敗することなく悲願のJ1初制覇を成し遂げました。
◆ヴィッセル神戸 クラブの歴史◆
ヴィッセル神戸は社会人チームの川崎製鉄サッカー部を母体に神戸で初めてのプロサッカーチームとして1995年に創設されました。
チームの初練習が予定されていたこの年の1月17日、阪神淡路大震災が発生し、チームとしての最初の活動は地域住民らとともに行う復興作業でした。
被災地を元気づけたいと奮起したヴィッセルは、翌年のシーズンで元日本代表の永島昭浩さんの活躍などでJFLで2位となり、Jリーグ昇格を果たしました。
Jリーグ加入後は、カズこと三浦知良選手や播戸竜二選手など実績のあるフォワードが活躍しました。しかし、その後は成績の低迷や観客動員数の伸び悩みで、経営が行き詰まり、2003年にはJリーグで初めて民事再生法の適用を申請しました。
運営を引き継いだのが当時、インターネットビジネスで急成長していた「楽天」の持ち株会社で、2002年の日韓ワールドカップで活躍したイルハン選手を獲得するなど観客動員数の増加を目指しました。
2018年には元スペイン代表のアンドレス・イニエスタ選手が強豪・バルセルナから移籍し、チームは2020年の元日、サッカー日本一を決める天皇杯で優勝し、クラブ初のタイトルを獲得しました。
一方で、これまでリーグ戦での優勝はなく、1995年のクラブ創設から29年目で初めて、J1の頂点をつかみました。