太田おおた純じゅん氏しが残のこしたメッセージとは【経済けいざいコラム】

学生がくせい時代じだいにバスケットボールやアメリカンフットボールで鍛きたえた180センチを超こえる大柄おおがらな体格たいかくに少すこしかすれた、太ふとい声こえ。迫力はくりょくある風貌ふうぼうとは裏腹うらはらに、冗談じょうだんを交まじえながら、いつの間いつのまにかこちらが質問しつもんしやすい空気くうきをつくってくれる人ひとだった。

銀行ぎんこうの未来みらい像ぞうを生き生いきいきと語かたる一方いっぽう、貧困ひんこんの連鎖れんさや格差かくさがはびこる現代げんだいの日本にっぽん社会しゃかいを憂うれう。そんな姿すがたが今いまも印象いんしょうに残のこっている。（経済けいざい部ぶ　西園にしぞの興起こうき）

太田おおた氏しのメッセージ

その瞬間しゅんかん、私わたしはパソコンを打つ手うつてを止とめた。

出席しゅっせきした記者きしゃたちは静しずかに耳みみを傾かたむけた。

11月つき30日にち、三井みつい住友すみともフィナンシャルグループは亡なくなった太田おおた氏しの後任こうにんに中島なかじま達いたる副ふく社長しゃちょうを昇格しょうかくさせる人事じんじを決きめ、記者きしゃ会見かいけんを開ひらいた。

その冒頭ぼうとう、グループの國くに部ぶ毅あつし会長かいちょうが「お世話おせわになりました皆様みなさまへの挨拶あいさつを言げんづかっています」と述のべ、生前せいぜんに太田おおた氏しから託たくされたメッセージを読み上よみあげた。

「2019年ねん4月つきに社長しゃちょうを拝命はいめいし、グループの持続じぞく可能かのうな成長せいちょうのかじ取かじとりを担になってまいりました。4年ねんと8か月かげつ、皆様みなさまには、ときに厳きびしく、時ときに温あたたかく私わたしどものことを応援おうえんいただき大変たいへんお世話おせわになり、心こころよりお礼おれい申し上もうしあげます。本来ほんらいであれば直接ちょくせつ御ご挨拶あいさつを申し上もうしあげたかったのですが、それが叶かなわず私わたし自身じしん、残念ざんねんな気持きもちでいっぱいであります。

この4月つきに経済けいざいの成長せいちょうとともに、社会しゃかい課題かだいが解決かいけつに向むかい、そこに生いきる人々ひとびとが幸福こうふくを感かんじられる幸しあわせな成長せいちょうの時代じだいに貢献こうけんしていきたいという思おもいを込こめ、プラン・フォー・フルフィルド・グロース(Plan for Fulfilled Growth)と銘打めいうった中期ちゅうき経営けいえい計画けいかくをスタートさせました。足元あしもとに至いたるまで計画けいかくを上回うわまわる進捗しんちょくで確たしかな手応てごたえを感かんじていたところでした。

健康けんこう上じょうの理由りゆうで道みち半なかばで降板こうばんすることになってしまったことは悔くやしさがないといえばうそになりますけれども、一方いっぽうで、グループ会社かいしゃの社長しゃちょうをはじめ、経営けいえいメンバーを筆頭ひっとうに、この力強ちからづよいチームであれば大丈夫だいじょうぶだと安心あんしんをしています。

私わたし自身じしんは今後こんごも特別とくべつ顧問こもんとしてSMBCグループ、日本にっぽんの成長せいちょうに違ちがった形かたちで貢献こうけんしていければと考かんがえていますが、まずはしっかりと体からだを治なおすことに努つとめたいと思おもいます。改あらためまして、皆様みなさまには大変たいへんお世話おせわになりました。そして引き続ひきつづきよろしくお願おねがい申し上もうしあげます。」

正直しょうじき、報道ほうどう陣じんに対にたいしてこうしたメッセージを残のこしていたことに驚おどろいた。

太田おおた氏しが好すきだった三国志さんごくしの英雄えいゆう、諸しょ葛かずら孔明ひろあきの「死しせる孔明ひろあき」のように、亡なくなってからも生前せいぜんの威風いふうを感かんじさせる堂々どうどうたるメッセージだった。

復帰ふっきがかなわず、太田おおた氏しの悔くやしさはいかばかりであっただろうか。

「カラを、破やぶろう。」

2019年ねんにグループの社長しゃちょうに就任しゅうにんした太田おおた氏し。

過去かこの成功せいこう体験たいけんにしがみついたままだと銀行ぎんこうが無なくなるという強烈きょうれつな危機きき感かんをもっていた。

「カラを、破やぶろう。」というスローガンを掲かかげ、前例ぜんれいや固定こてい観念かんねん、組織そしきの論理ろんりなどにとらわれず、失敗しっぱいを恐おそれずにチャレンジしてほしいというメッセージを発信はっしんし続つづけた。

行員こういんを鼓舞こぶし続つづけた原点げんてんには、太田おおた氏しみずからの経験けいけんがある。

海外かいがいのインフラ事業じぎょうや資源しげん開発かいはつのプロジェクトに融資ゆうしするプロファイ＝プロジェクトファイナンスがまだ黎明れいめい期きにあったころ、これを一いちから立たち上あげ、銀行ぎんこうの収益しゅうえき源げんとなるまで育て上そだてあげた。

英語えいごの契約けいやく書しょと格闘かくとうしながらスキームを築き上きずきあげたという。

太田おおた氏しは、常務じょうむ執行しっこう役員やくいん時代じだいの2012年ねんにこのプロファイをテーマにした論文ろんぶんを会計かいけい学者がくしゃとともに執筆しっぴつしている。

この論文ろんぶんを読よむと、太田おおた氏しの緻密ちみつな仕事しごとぶりが見みてとれる。

プロジェクトのリスクを分析ぶんせきして与信よしん判断はんだんを行おこなうプロセスや融資ゆうし期間きかん中ちゅうのモニタリング、それに債務さいむの返済へんさいリスクにかかわるキャッシュフロー分析ぶんせきなど銀行ぎんこうで実践じっせんされているプロファイの手法しゅほうが紹介しょうかいされている。

そして、こうした独自どくじの分析ぶんせき手法しゅほうを「論理ろんり性せいに欠かけるかもしれないが、それを超こえて余あまりあるユニークかつ有益ゆうえきな評価ひょうか手法しゅほうだ」と自信じしんをもって提示ていじしている。

「着眼ちゃくがん大局たいきょく、着手ちゃくしゅ小しょう局きょく」「情じょうと合あわせて、理りを持もった人ひとだった」。

太田おおた氏しと共とともに働はたらいた人ひとたちはそう話はなす。

豪放ごうほう磊落らいらく（ごうほうらいらく）にみえながら緻密ちみつな戦略せんりゃくを描えがくという太田おおた氏しの別べつの一いち面めんを見みた気きがした。

未来みらいを見据みすえ、カラを破やぶろうという人ひとはとことん応援おうえんした。

若手わかてにデジタル技術でじたるぎじゅつを活用かつようした新しんビジネスの提案ていあんを促うながし、勝算しょうさんがあると判断はんだんすれば、言い出いいだしっぺを社長しゃちょうにし、即座そくざに人ひとや予算よさんを付つけた。

この仕組しくみを「社長しゃちょう製造せいぞう業ぎょう」と名付なづけ、これまでに社内しゃないベンチャーとして10人にん以上いじょうの社長しゃちょうが生うまれた。

太田おおた氏しの座右の銘ざゆうのめいは中国ちゅうごくの故事こじに由来ゆらいする「愚ぐ公おおやけ山やまを移うつす」。困難こんなんなことでも努力どりょくを重かさねればどんな大だい事業じぎょうでも成就じょうじゅするという意味いみだ。

太田おおた氏しが描えがいた銀行ぎんこう業ぎょうの未来みらい

太田おおた氏しは銀行ぎんこうの未来みらいについて3つの方向ほうこう性せいを示しめしていた。

ひとつは、情報じょうほう産業さんぎょう化か。

銀行ぎんこうの持もつ情報じょうほうやデータは、価値かちの高たかい資産しさんとなる。

これをビジネスにいかに活いかしていくかを考かんがえた。

2つめは、プラットフォーマー化か。

銀行ぎんこうは、預あずか貸金かしきんや決済けっさいサービスなどを通つうじ、さまざまな顧客こきゃくと信頼しんらい関係かんけいを築きずいている。

この顧客こきゃく基盤きばんを活用かつようして、金融きんゆう機能きのうをベースに多様たようなサービスを展開てんかいするプラットフォーマーになることができる。

そして、ソリューションプロバイダー化か。

顧客こきゃくの抱かかえるニーズが、多様たよう化か・複雑ふくざつ化かする中なか、さまざまな課題かだいに対にたいし解決かいけつ策さくを提供ていきょうする、最もっとも「頼たよれる」存在そんざいになるべきだと語かたっていた。

去年きょねんの年の瀬としのせに私わたしが太田おおた氏しに取材しゅざいしたときにもこのビジョンについて説明せつめいしていたが、さらにこれから戦術せんじゅつを変かえるということを力説りきせつしていた。

「情報じょうほう産業さんぎょう化かやプラットフォーマー化か、ソリューションプロバイダー化か、そういう大おおきな方向ほうこう性せいは変かわらないと思おもいます。

けれどもいわゆる戦局せんきょくが変かわった。戦局せんきょくに応おうじた戦術せんじゅつを変かえなければならないと思おもってます。戦局せんきょくが変かわったというのは、地政学ちせいがく的てきなリスクもそうですし、何なん十じゅう年ねん続つづいた現象げんしょうがパラダイムシフトを起おこしている。デフレからインフレへ。低てい金利きんりから金利きんり上昇じょうしょうへ。円えん高だかから円えん安やすへ。すべてパラダイムシフトを起おこしている。これは一過いっか性せいのものではないので、そういう環境かんきょうの変化へんかに応おうじて戦たたかい方かたを変かえていく、戦術せんじゅつを変かえていくということが大事だいじだと思おもいます」

単たんなる“成長せいちょう”ではなく“幸しあわせ”を感かんじられる社会しゃかいに

太田おおた氏しの目線めせんはもっと先さき、実現じつげんしたい未来みらいを見据みすえていた。

このときの取材しゅざいで「経営けいえい者しゃとして、何なにを実現じつげんしていきたいか」と尋たずねた。

「単たんに成長せいちょうするだけじゃなくって、皆みなさんが幸しあわせを感かんじられるような、そういう社会しゃかいを目指めざして、一ひとつ一ひとつ社会しゃかい課題かだいの解決かいけつをしていく。その結果けっかとしてより幸福こうふく度どの高たかい、漠然ばくぜんとした言い方いいかたで、情緒じょうちょ的てきではありますけれども、皆みなさんがそんな風かぜに感かんじられるような社会しゃかいを作つくっていくことが大事だいじだと思おもいます。高度こうど経済けいざい成長せいちょう期きのときは、経済けいざい成長せいちょうがいろんなひずみを全すべて隠かくしたと思おもうんですね。経済けいざい成長せいちょうして豊ゆたかになることで、みんな幸福こうふくを感かんじていた。でもこれからはそうじゃないと思おもうし、豊ゆたかになりながらも自分じぶんで満足まんぞくができる。自分じぶんが納得なっとくできる。あるいは社会しゃかいの人ひとたちがともに共存きょうぞんできる。そういうふうな幸しあわせを感かんじる社会しゃかいというのが大事だいじかなと」

数字すうじの上うえで経済けいざい成長せいちょうを実現じつげんすれば目的もくてき達成たっせいではなく、社会しゃかい課題かだいの解決かいけつと皆みなが幸福こうふくになる社会しゃかいを実現じつげんすることこそが真しんの目的もくてきだというのが持論じろんだった。自分じぶんが若わかい時代じだいに感かんじていた成長せいちょうの幸しあわせを、これからの世代せだいに感かんじて欲ほしいという想おもいを持もっていた。

ことしの夏なつの終おわりのことだった。

太田おおた氏しに最近さいきんの一番いちばんの関心かんしん事ごとを聞きいたところ、即座そくざに「子こどもたちの貧困ひんこんだ」と答こたえた。

その頃ころ、太田おおた氏しの会社かいしゃでは、教育きょういく支援しえんを行おこなう公益こうえき社しゃ団だん法人ほうじんを通つうじ、経済けいざい的てきに困窮こんきゅうする子こどもたちに、学習がくしゅう塾じゅくなどで使つかえるクーポンをひとりあたり20万まん円えん分ぶん配布はいふする取り組とりくみを始はじめていた。

子こどもの教育きょういく格差かくさの解消かいしょうを目指めざしたもので、すでに中高生ちゅうこうせいおよそ200人にんが学まなぶ機会きかいを得えている。

このプロジェクトにあたる専従せんじゅうの社員しゃいんも置おいた。

太田おおた氏しの想おもいを体現たいげんした事業じぎょうだった。

利益りえきを追求ついきゅうする会社かいしゃ組織そしきが、ボランティアのような事業じぎょうに取り組とりくむ意味いみはどこにあるのかと、質問しつもんをぶつけた私わたしに対にたいし、太田おおた氏しはこう答こたえた。

「目先めさきのことを考かんがえてやっているのではないんだ。子こどもたちが自分じぶんで未来みらいを選択せんたくできる社会しゃかいを実現じつげんしないと、日本にっぽんの幸しあわせな成長せいちょうはない。日本にっぽんにも格差かくさがある。そして、その貧困ひんこんが連鎖れんさしているのが問題もんだいだ。これを断ち切たちきらないと日本にっぽんの成長せいちょうはなくなる。今いまの子こどもたちが夢ゆめを持もって幸しあわせを感かんじられるような時代じだいをつくっていきたいと考かんがえている」

未来みらいを創つくること

10月つき19日にち、太田おおた氏しの姿すがたは京都きょうとの立命館大学りつめいかんだいがくにあった。

150人にんの学生がくせいに対にたいし、経営けいえい思想家しそうか、ピーター・ドラッカーの“The best way to predict the future is to create it”（未来みらいを予測よそくする最もっともよい方法ほうほうは、未来みらいを創つくることだ）という言葉ことばを引用いんようし、未来みらいを創つくるという意識いしきをもって人生じんせいに挑いどんでほしいとエールを送おくったという。

私わたしが太田おおた氏しに最後さいごに会あったのもこのころだ。

10月つきにグループで新あらたに30代だいの新しん社長しゃちょうが誕生たんじょうしたことについて話題わだいを振ふると、「生意気なまいきなことを言いう、クソガキだよ」と言いって、笑わらっていた。

それが太田おおた氏しと2人にんで会あったときの、最後さいごの会話かいわだった。

座右の銘ざゆうのめいの「愚ぐ公おおやけ山やまを移うつす」。

その真意しんいは、大だい事業じぎょうは、自分じぶんの代だいだけで成し遂なしとげられるものではなく、子こや孫まご、さらにはその子こや孫まごに至いたるまでの連綿れんめんとした努力どりょくの集積しゅうせきとして成就じょうじゅするというものだ。

太田おおた氏しが叱咤しった激励げきれいした若わかい人ひとたちが未来みらいを創つくり、さらには子こどもたちが幸しあわせを感かんじられるような時代じだいを目指めざしていく。

「型破かたやぶりのバンカー」と呼よばれた太田おおた氏しの夢ゆめは次つぎの世代せだいに託たくされている。

注目ちゅうもく予定よてい

12月つき7日にちには中国ちゅうごくの税関ぜいかん当局とうきょくが11月つきの貿易ぼうえき統計とうけいを発表はっぴょうします。10月つきは輸出ゆしゅつが去年きょねんの同おなじ月つきと比くらべて6％余あまり減へり、6か月かげつ連続れんぞくの減少げんしょうとなっています。中国ちゅうごくの景気けいき減速げんそくに伴ともなう貿易ぼうえきの動向どうこうに注目ちゅうもくです。

8日にちには家計かけい調査ちょうさや景気けいきウォッチャー調査ちょうさが発表はっぴょうされます。物価ぶっかの上昇じょうしょうが続つづく一方いっぽう、賃上ちんあげに向むけた機運きうんも高たかまっていて、それらが国内こくないの景気けいきにどのように影響えいきょうしているか注目ちゅうもくされます。