その教授は、人間の脳がどのような作用によって活性化されるのか、という問題について話を進め、交通事故によって脳の一部をひどく損傷してしまった少年の実例を拳げた。(中略)
少年の脳の損傷具合はかなりひどいものだったので、医師は両親にその旨を告げ、たとえ手術がうまくいっても植物人間になることは免れないと宣告。「1」その上で手術をしたわけだが、リハビリの段階で少年に対してできるかぎりの愛情を注ぐことを、両親に勧めたらしい。たとえ寝たきりで反応がなくても、一日じゅう手や足をさすってやり、優しく励ましてやるようにと指示したのである。両親は愚直なまでにこの指示を守り、来る日も来る日も少年の手足をさすり、励まし続けたという。「___2___」、本来なら障害が起きてしかるべきであるはずの少年の脳は活発に働き始め、植物人間どころか、退院の日にはジョギングをしても大丈夫なほど回復したのだそうである。
「少年の退院の日は、「3」まさに感動的でありました」と教授は瞳を潤ませながら語っていたが、この実例から彼が引き出した結論(というか未だ仮定なのかもしれないが)は、人間の脳は「誰かに受け入れられる」という前提のもとに、活発に働くということであった。受け入れられるというのはどういうことかというと、これはとりもなおさず愛されるということである。ようするに愛し、愛されるという刺激がなければ、人間の脳は活発に働かないし、創造性も高まらないのである。
(原田宗典「幸福らしきもの」集英社による)
活性化する:刺激を与えて、働きを活発にする
その旨:その内容
愚直なまでに:愚かだと思われるほどまじめに