JLPT N1 – Reading Exercise 112

#339

ウェブ時代に突入して、私たちの生活には、世界中のありとあらゆる情報が溢れかえることとなった。その量は膨大で、しかも、時間とともに流れ去ることもなく、データとして刻々と蓄えられ続けている。一方で、私たちの毎日はといえば、相も変わらず24時間しかなく、寿命は80年程度だ。どうやったって、そのすべてを網羅することなどできない。

私たちは、仕方なく、どんな情報とも、どんな言葉とも、忙しなく、広く浅いつきあいをするようになって、ふと我に返ると、自分は果たして、本当に、以前よりも、世間や人間に対する理解が深くなっているのだろうかと、不安を感じるようになっている。そういう時代に、小説は、まさしく「小さく説く」のである。

この広大無辺で、複雑極まりない世の中を、そして、そこに生きる人間の心の奥底を、誰の手のひらにでも収まるほどのコンパクトなサイズに圧縮して、濃密な時間とともに体験させてくれる。それが、小説だ。

確かに小説は、絵や彫刻のように、一目で見ることのできる物体ではない。ある一定量の記号の連なりである以上、時間をかけて、前から順番に最後まで辿っていかなければならない。しかし、その間、小説は絶えず、読者に語りかけ、読者に耳を貸し、読者の手を引き、読者と一緒に感じ、一緒に考える。それは、途方に暮れるような情報の海を泳ぎ回るのとは、まったく別の興奮を与えてくれるはずだ。

(平野啓一郎『小説の読み方—感想が語れる着眼点』による)

忙しなく:ここでは、時間に追い立てられるように

広大無辺で:限りなく広くて

途方に暮れる:どうしたらよいかわからなくなる

Try It Out!
1
筆者によると、ウェブ時代に生きる人々が感じている不安とはどのようなものか。
1. 膨大な情報を理解する時間が足りないのではないか。
2. 人や世間に対する認識が深まっていないのではないか。
3. 蓄積され続ける情報の中から必要な情報が探せないのではないか。
4. 人の心までが時間や情報に流されそうになっているのではないか。
2
小説は「小さく説く」とあるが、どういう意味か。
1. 人間の複雑な心理を簡潔に示す。
2. 広く複雑な人間社会を少しだけ見せる。
3. 人の心や複雑な世の中を凝縮して示す。
4. 広い世の中の重要なところを圧縮して見せる。
3
ウェブ時代に小説を読むことについて、筆者はどのように考えているか。
1. 小説には膨大な情報が詰め込まれているので、濃密な時間を体験することができる。
2. 小説は複雑な世の中を説明しているので、情報が溢れる世界を深く理解できるようになる。
3. 小説が読者に寄り添ってくれることで、現代の情報とのかかわり方とは異なる刺激が得られる。
4. 小説が読者の手を引いてくれることで、情報社会で不安を感じず生きていけるようになる。