いつの時代も、親は子どもに成長してもらいたいと願っている。社会構造の変動が比較的少ない時代には、親が覚えている仕事のノウハウや心構えを、そのまま子どもに伝えれば子どもは親の跡を継ぐことができた。かつては、世代が変わっても次の世代がおよそ同じ事をすることができるようにするための「(1)世代間の伝授」が行われてきた。
しかし、再生産(リプロダクション)を主目的として伝承を行い得た時代とは、現代は事情が異なる。情報革命を核とした世界的な社会構造変革の波の中で、親は子に、上の世代は下の世代に、(2)「何を伝承したらよいのか」がわかりにくくなってきている。バブル期の社会的倫理規範の崩壊とその後のバブル崩壊による不況の長期化によって、大人たち自身が子どもたちに対して、「伝えるべきこと」や「鍛えるべきこと」に関して自信を失ってきている。
大人が確信を持って伝授・伝承すべきものを持たない社会は、当然不安定になる。たとえ子どもたちの世代が、それに反抗するにしても、そのような伝承する意志には意味がある。世によく言われる子どもの問題の多くは、「子どもたちに何を伝えるべきなのか」について大人たちが確信や共通認識を持てなくなったことに起因している。
(斎藤孝「「できる人」はどこがちがうのか」筑摩書房による)