親孝行という話をすれば、私はいろんな人に、子供に期待するなよ、ということを言うんですね。なかば冗談なのですが、子供は親孝行なんかする必要ないんだと。なぜかといえば、子供が生まれる前、そして生まれた瞬間、それから六つ七つぐらいまでのあいだに、子供は親に生きる喜びというものを十分与えつくしているのだから、というふうに言うのです。
昔、私の友人でも、生まれる子供の名前を一生懸命に考えて、暇があればノートに書きつけているような男が、おりました。そのことは彼の生きていく上でのひとつの喜びだったと思います。そして子供が生まれる。そのうちに片言でパパ、なんて言ったりする。それから歩くようになる。(中略)幼稚園にはいり、小学校にあがる。子供の誕生から成長の過程のなかで、そのつど両親は言葉につくせないほどの人生の喜びというものをあじわいっくしているんじゃないかと思います。
(五木寛之「人生の目的」による)